そうです。ハード面は投資すれば手に入るもの。ミシュランは常に、量ではなく質に特化してきました。そして、宿泊のトレンドも、食同様に、ハードウェアではなくソフトウェアの時代になっていると思います。ありとあらゆるアメニティを揃えればいい、というスペック重視ではなく、どのように、記憶に残る質の高い体験を提供することができるか、ということです。
日本のユニークなおもてなし文化は、体験という意味でも非常に思い出深いものです。それは、違った形のラグジュアリーとして考慮されます。大切なのは、スタイルや設備ではなく、全体としての体験の価値です。
──ということは、例えばホスピタリティのプロとしての教育を受けたわけではなく、外国語が流暢でなかったとしても、素晴らしいおもてなしの体験をすることができれば、高く評価されることになりますか?
まさにその通りです。非言語のコミュニケーションを通して、もっとも素晴らしいおもてなしが提供されることもありますし、私自身も日本で数多く体験してきました。もちろん、自分たちの哲学などをきちんと説明したり、外国人のゲストが求めるものを知る上で、語学力の向上は目指していただきたい所ではありますが、ただ、それが評価の一番のプライオリティではない、ということですね。
──ちなみにこのチェックリストではない「印象の評価」は、レストランの評価には反映される予定はありますか?
これはあくまでも宿泊施設における特例で、レストランはこれまで通りの評価基準となります。
──プレネックさんは「グリーンスター」の産みの親でもあります。今回、2ミシュランキーに選ばれた兵庫県の「西村屋 本館」は「共存共栄」をキーワードに、地域とともに歩む旅館。今から100年ほど前、城崎温泉全体が大火災にあった際に、4代目が地域を復興するためにそれぞれが持つ土地を1割ずつ提供して区画整理を行い、復興の舵取りをしたという歴史もあったと聞きました。ENOWA YUFUIN も、ファーム・トゥー・テーブルで知られる米「ブルー・ヒル」の元スーシェフが料理を作るほか、宿泊者が農業体験を行うこともできるとか。このミシュランキーで、サステナブルな食だけでなく、サステナブルなライフスタイルを提案することもできるということですね。
もちろん、ライフスタイルに対して具体的な変革が起きるには時間がかかるでしょうが、今回のローンチで、ミシュランが重要視する基準を明確に示すことができ、それに対して、宿泊施設側も、どのように自分たちらしさを表現するか考え始めているのではないかと思います。