豪華客船で日本の伝統工芸品を販売 飛鳥IIが「宝船」になるとき

船に入ってすぐのアスカプラザにある棚。札だけのものは売却済みで、次作の制作補充を待つ。

船に入ってすぐのアスカプラザにある棚。札だけのものは売却済みで、次作の制作補充を待つ。

船だからこそできること

篠田は元バンカーの金融マンだ。日本興業銀行(現みずほ銀行)で海運業界を担当し、船舶金融の高度化に取り組んだ。そんな経歴から「日本の海運業を応援したい」と2007年に独立してASPを起業。主にコンテナ船や原油タンカーなど累計約70隻以上、7000億円超の投資を行ってきた。

「飛鳥II」に興味をもったのは2013年のこと。「とにかく人と違うことを」と思った篠田は、今日本で金融に携わる自分が解決すべき課題は何か、みんなが共鳴できる共通項とは何かを考えた。そこで浮かび上がってきたのが、生活様式の変化に伴い需要が激減した伝統工芸品などの日本文化が失われつつあること、それに連動して地方経済をどうにか元気にできないかという思いだった。メガバンク時代から「地銀の地元での圧倒的な強さを感じていた」という篠田は、「誰かが地域間をつなげる必要がある。その舞台として『飛鳥』が役に立つ」と信じて疑わなかった。

篠田はまず有田焼の産地として知られる佐賀県有田町に通い作家との関係づくりを始めると同時に、飛鳥クルーズ事業を展開する郵船クルーズを傘下にもつ日本郵船の説得を開始。しかし、事業への参画はスムーズにはいかなかった。

「当時は日本郵船が動かす『800隻分の1に過ぎない飛鳥になぜこだわるのか?』と言われ続けました。それでもしつこく『地域創生にも飛鳥の未来にも絶対に役立つ』と説明し、時間をかけ徐々にご理解いただきました」。約6年の時を経て、ついに2019年、郵船クルーズへの出資参画が実現。以降飛鳥IIの運航は日本郵船グループが、企画提案や資金調達はASPが担うこととなった。

篠田は早速コロナ禍で作品発表の場を失ってしまった作家らに声をかけ、展示場所として飛鳥IIを使う企画を提案。人間国宝53人を含め約1200人の伝統工芸作家らが所属する日本工芸会とも連携した。2022年からの第1期常設展示では、陶芸、漆芸、金属工芸など約140点を展示販売。最上級の客室(全4室)には人間国宝の作品を配置しているが、囲いなどはない。「作品に触れながら味わってほしい」という篠田のアイデアだ。価格は数十万〜数百万円まで幅広く、オンラインショップを含め3〜4割もの作品が売れた。今年2月からは第2期として、80点の新作を含む105点を展示している。

「いちばんうれしかったのは、作家先生から『私の子ども(作品)に旅をさせてくれてありがとう』という言葉。工芸品販売はそんな方々を応援するため。長い目で見て、日本文化に関心をもつ人の裾野が広がり『飛鳥に乗れば日本文化に触れることができる』というイメージが定着すれば、お客様の層も広がる。全体が潤えば我々も、という発想。今はそのための種まき期です」
(左)階段脇の廊下に佇む人間国宝・五代 伊藤赤水の「無名異釜変壺」。どの作品も揺れへの対策は万全だ。(中央)レセプションで存在感を放っているのは、紫綬褒章も受賞した、人間国宝・十四代 今泉今右衛門による「色絵吹墨墨はじき紫陽花文額皿」。(右)ザ・ビストロにも多くの作品が。

(左)階段脇の廊下に佇む人間国宝・五代 伊藤赤水の「無名異釜変壺」。どの作品も揺れへの対策は万全だ。
(中央)レセプションで存在感を放っているのは、紫綬褒章も受賞した、人間国宝・十四代 今泉今右衛門による「色絵吹墨墨はじき紫陽花文額皿」。
(右)ザ・ビストロにも多くの作品が。

次ページ > 日本文化をこれだけひとつに凝縮できる場所はほかにない

文=堤 美佳子、松﨑美和子 写真=アーウィン・ウォン

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年7月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

ForbesBrandVoice

人気記事