アジア

2024.07.03 10:30

「1ドル=170円」に現実味 円相場の急変に身構える世界

ひとつには、元安によって大手不動産開発会社の外貨建て債務のデフォルト(債務不履行)リスクが高まりかねないことがある。中国恒大集団のような危機を新たに招くのは中国政府が最も避けたい事態だ。

もうひとつの理由は、折しも米国が熾烈な大統領選に突入しようとするなか、元安は米国の政界を刺激しかねないというものだ。元の下落はジョー・バイデン大統領の民主党からも、ドナルド・トランプ前大統領に忠誠を誓う共和党からも強い反発を招くだろう。

トランプはすでに、すべての中国製品に60%の関税をかけると脅している。また、中国の「最恵国待遇」を取りやめるとも言っている。バイデンは、中国による重要技術へのアクセスを厳しくしたり、多国籍企業による中国本土への投資を制限したりする措置を重ねてきた。

米国の選挙戦で中国が主要な争点になることへの懸念から、習政権が元安政策を躊躇しているのは間違いない。だが、円安がこのまま続けば、習は自国により有利な為替レートを設定するための地政学的な隠れ蓑にできると判断するかもしれない。

中国が大幅な元安を容認すれば、1997~98年のアジア金融危機以来、最大規模の通貨下落ラッシュを招きかねない。タイやインドネシアから韓国まで、アジア各国の政府は為替レートの「底辺への競争」に参加せざるを得ないと感じるだろうからだ。

大きなワイルドカードは、いわゆる「円キャリートレード」が破綻をきたすことだ。25年にわたるゼロ金利政策によって日本は世界最大の債権国になった。どこの国の投資ファンドも、円建てで資金を安く借り入れ、その資金を世界中の高利回りの資産に投じることをよくやっている。

急に円高に触れると、ニューヨークからロンドン、香港まで、世界の市場を揺るがすのはそのためだ。日本銀行が、金利正常化プロセスの着手にすら消極的な理由のひとつもここにある。

日銀の植田和男総裁は2023年4月の就任以来、日銀の800兆円近くのバランスシートを縮小する機会をことごとく見送ってきた。これは、円相場が近く1ドル=170円まで下がる可能性が出ている一因でもある。
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翻訳・編集=江戸伸禎

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