神戸市の市長が鳴らした警鐘
このように誰からも喜ばれそうな通学費助成だが、一部の保護者や市議会から批判の声があがっている。というのも、神戸市内に住む高校生でも、明石市や西宮市といった市外の高校に通う場合は、助成の対象外としたからだ。実は、神戸市は2年前から定期券代の一部補助を始めた。兵庫県が公立高校の学区を見直したことで、神戸市に3つあった学区が1つに統合され、さらに淡路島まで含まれることになり、通学できる範囲が大きく拡大。通学費が高額になる事例が増え、電車とバスを乗り継ぐと年間30万円近いケースもある。
そこで、月に1万2000円を超えた定期代の2分の1を補助することにした。この制度は通学費の軽減が目的なので、市外の高校に通うときも対象となる(本制度は現在も継続中)。
ところが今回の全額無償化では、神戸市外の学校に通うときは対象外となる。実を言うと、それにははっきりとした理由がある。
神戸市内には、私立では灘、県立では長田、神戸、兵庫という名門進学校がある。野球では神戸国際大附属、滝川第二、ダンスなら神戸野田のように全国的に有名な高校がある。さらに洋菓子職人やアニメーターを目指す専門学校、外国人学校もある。
このようなバラエティに富んだ進学先があるのは子どもたちとって大きな魅力だ。子育てをする人たちに選ばれるには、多様な選択肢を将来に残すべきと考え、市内の高校に限定したのだ。
ただここで、一歩引いた眼で見てみたい。子育て世代が大阪を選ぶのに歯止めをかけたいと思うのは、神戸市の近隣にある自治体も変わらないだろう。
仮に、隣接する市が定期代無償化を導入したときに、それぞれの高校生が市境を越えて通学するときにお互いに助成しあえば、それぞれの市内の学校へのサポートにもつながるので、両者にメリットが生まれる。そのような余白をあえて残したようにもみえる。
国をあげての少子化対策が求められているなか、財政力がある東京都と大阪府は、高校授業料の完全無償化に踏み切ることができた。国がこのような状況を放置して、また周辺の自治体も傍観していると、地方から東京と大阪への人口流出が加速していくだけだ。
神戸市の久元喜造市長は、5月5日に自らのブログを更新して、兵庫県や周辺自治体が静観していることに対して「正直、甘いのではないかと思います。子育て世帯は経済的負担に敏感です」と警鐘を鳴らした。
神戸市の決断は、少子化対策が喫緊の課題となるなかで、国と東京都や大阪府の動きに、正面から向き合うために投じられた一石のように思えた。