エアビーアンドビーの共同創業者兼CEOで22年からYCの取締役を務めるブライアン・チェスキーは、タンについてそのように評する。また、CEO在任中に設立したファンドを「原点回帰」の一環として閉鎖されたサム・アルトマンも、タンの取り組みについて「絶え間ない実験」の一部と表現し、支持を表明している。
今年2月のある火曜日の午後、冬期プログラムに参加している起業家たちが、タンやグループ・パートナーたちのアドバイスを受けるため、YC創設時からの拠点であるマウンテンビュー・ビルに集まった。
タンと4人のグループパートナーを囲んで輪になって座った17人の起業家たちは、交代で事業内容のピッチを行っていく。「数字が本当なら、胸を張って言うべきだ」。タンは、ビジネスの市場規模の見積もりに不安があると話す起業家に、そう告げた。また、アトランタで顧客獲得に苦労していると話す別の起業家には、グループパートナーのブラッド・フローラがその夜、飛行機へ飛び乗るようにアドバイス。起業家本人は最初、冗談だと思っていたが、タンも「現地に乗り込めば物事は前に進む」とフローラに同意したのだった。
タンは、このような交流がYCの最も優れた側面だと考えている。長年にわたってパートナーを務めるダルトン・コールドウェルが説明する。
『人々は何を求めているのか』、『共同創業者とどう協力すればいいのか』、『ユーザーを獲得するには』。1000社に出資してきた私は、こうした質問のデータで訓練された大規模言語モデルのようなものです」
YCは先述のとおり、コロナ禍においてオンラインベースでプログラムが実施されるようになったことで、参加者数が膨張。その結果、プログラムのクオリティが疑問視され、評価に傷がつき始めていた。タンは、大きな改革に打って出る。ひとつは、グループパートナーが応募者の審査を主導し、最初の面接からIPOに至るまでの期間、同じパートナーが企業の指南役を務めるというものだ。また、資金を調達して収益を上げ始めているレイターステージの企業や、ソフトウェア以外の事業を手がける企業への投資から撤退した。
さらに、規模が大きくなる中でも参加者同士に親密感をもたせるために、プログラムのグループをより分割する取り組みを正式化した。起業家にとっては事業へ取り組む以外のディナーやイベントといった交流の場が設けられることとなり、ピンタレスト共同創業者のベン・シルバーマンやGitLab CEOのシド・シーブランディなど、著名なYC卒業生から近い距離で話を聞く機会も生まれた。
最新のプログラムには過去最高の2万7000社からの応募があったが、合格した260社の創業者たちは概ね、これまでの体験に満足していると述べている。顧客分析ツールを開発するAIスタートアップ、Upslove AIの共同創業でCEOのカ・リン・ウーは、YCに参加するために一時的にロンドンから引っ越してきた。しかし起業家たちのコミュニティに触れた結果、サンフランシスコに留まるかもしれないと話す。「大好きなYC卒業生に会えました。私のWhatsAppにはいま、彼らの名前があって、アドバイスをもらうことができるのです。なんて素晴らしいことでしょう」