皮脂の中に存在するRNAを解析する新技術
人の細胞の中で特に重要な役割を担う物質としてDNA(デオキシリボ核酸)とRNA(リボ核酸)がある。DNAは一生を通じて不変であり、先天的なものとして知られている。一方、RNAはDNAからの情報を基にして細胞内でタンパク質を合成する上で必須であり、適宜作られたり分解されたりしている。そのため、RNAは外部環境の影響を大きく受けることが明らかになっている。花王は、肌の状態を知るために、この後天的な要因で変化するRNAに着目した。
「紫外線や、喫煙、スキンケアなどの生活習慣は、肌に大きく影響します。このような影響を反映し得るRNAを活用することで、さまざまな要因によって変化する肌の『今』の状態を精緻に捉えられます。しかし、体に負担をかけずにRNAを取り出すのはとても難しいことだったのです」と語るのは、花王 生物科学研究所の皮脂RNAプロジェクトでグループリーダーを務める大矢直樹氏。
実際、皮膚からRNAを採取する場合は、皮膚の一部をくりぬくなどの侵襲性の高い方法でしか採取できなかった。そこで、顔から分泌する皮脂をあぶらとりフィルムで拭い、そこに含まれるわずかな量のRNAを解析することを可能にしたのが、花王生物科学研究所が開発した「皮脂RNAモニタリング」の技術だ。
皮脂からRNAを抽出する「皮脂RNAモニタリング」技術はどのような発想で開発されたのだろうか。
「長年、花王は化粧品開発の一環で、皮脂や皮脂腺に関する研究を行なってきました。その知見から、皮脂腺は細胞内の全成分を放出する全分泌という特殊な分泌機構を持つことが知られています。そこで、分泌される皮脂中にRNAが存在するのではないかという仮説のもと実験を行ない、RNAが皮脂に守られるかたちで、肌上に存在するという事実を世界で最初に発見。さらに微量なRNAを解析する技術を構築し、2022年に英『Communications Biology』に論文として発表したのです」と大矢氏。
この技術で皮脂RNAから検出できる遺伝子種は実に1万以上。肌状態の詳細な分析にとどまらず、アトピー性皮膚炎やパーキンソン病といった疾患の早期発見など、さまざまな分野で応用できる可能性があることがわかってきた。