AI

2024.05.14 13:30

異分野の先鋭たちに問う。AI時代の「働く」と生き残る人材の条件

緒方貞子の教え つながりが可能性を生む

高野 翔

「以前、働いていたJICA(国際協力機構)で、ビッグボスが緒方貞子さんだったんです」

現在、福井県立大学地域経済研究所で、准教授として地域のウェルビーイングの研究と実践を手がける高野翔は言う。JICA時代は、アジア・アフリカ各国でさまざまなプロジェクトを担当。2014年から17年まではブータンで持続可能な地域づくりに携わった。その時代を支え、後の高野の人間観の土台となったのが心の師、緒方貞子氏の「自分らしく生きられる『尊厳』が守られ、誰しもがもっている『可能性』を開花させること」という現場主義の考え方だ。

例えば、福井市では来訪者や通勤・通学者にとってより心地よい空間を創出するため、歩行者利便増進道路(通称「ほこみち」)制度の導入に貢献した。これは、一部区間の歩道を利用したプロジェクトで、キッチンカーや音楽演奏が開催されるほか、捨てられてしまった本を利用して24時間のミニ図書館を開いたり、金曜日の夜だけ花屋が開いたり、道路上にハンモックが並んだりする。学生がおでん屋を開きたいといえば、彼らにとってそこが可能性を開花させるための「舞台」隣、おでんを食べに来たサラリーマンにとっては、そこが心地よくほっとできる「居場所」となる設定だ。

高野には、ウェルビーイング研究の実践にあたって、大切にしているポイントがある。自分がワクワクできるかどうか、それを共有できる仲間がいるか、社会への役割を感じられるかの3つ。そんな人と人、社会と人との「つながり」を重視することになったのは、意外にもバックグラウンドであるバイオテクノロジーが影響しているという。彼は大学・大学院を通じて細胞の動きや細胞間の相互作用の仕組み、また、微生物が集合体になったときに見られる性質を研究するなかで、人間社会と細胞社会のあり方には親和性があると気づいた。細胞単体として存在はできるが、単体だけでいるという状況はまずない。必ず細胞同士のコミュニケーションがあり、他の細胞群と補完することではじめて個も全体も機能するからだ。

ウェルビーイング研究とその実践は、そんな一人ひとりの人間という「細胞」をつないでいく営みだ。「信頼は行動を重ねていくことでしか形成されない。だから、仲間とともに議論したり、ご飯を食べたりしながら、共同作業を重ね続けていくのです」。
イラストレーション=マルコス・モンティエル

イラストレーション=マルコス・モンティエル


最先端の技術によって滑らかになる未来において、 人間の役割、そして「働く」ことの意味はどう変わっていくのか、第一線で活躍する識者6人の視点をもとに考察した今回の企画。共通項として見えてきたのは、「働く」という文字通り、人が動くときや、人と人との摩擦によって生まれる感情や熱、葛藤こそが重要な鍵になるということだった。ポスト・ヒューマニズム時代の人間に求められる役割や働き方とは、人が他者との間に存在することを今まで以上に強く意識する、ヒューマニズムへの回帰なのかもしれない。

文=谷本有香

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年5月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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