真実の家族のあり方に光をあてるロードノベル『家族解散まで千キロメートル』

浅倉秋成『家族解散まで千キロメートル』KADOKAWA

誰が呼んだか「伏線の狙撃手」。

人気IT企業の採用試験に臨んだ就活生たちの人間模様を精緻なミステリに仕立てた『六人の噓つきな大学生』(2021年、角川文庫)が、コミック、ラジオドラマ、舞台、そして今秋公開予定の映画と、あまねくメディアを席巻中。

続く『俺ではない炎上』(2022年、双葉社)では、ネットで拡散された女子大生殺害事件が大炎上するなか、濡れ衣を着せられた容疑者の男が必死の逃亡劇を繰り広げる。

いずれも、衝撃としかいいようのないサプライズのつるべ打ちと怒涛の伏線回収が読者の喝采を浴びているが、その作者の浅倉秋成(あさくら・あきなり)から、またも驚きと企みに満ちた新作長編が届けられた。

『六噓』『炎上』に続く「どんでん返し3部作」の集大成であり、新たなる挑戦作でもある『家族解散まで千キロメートル』(KADOKAWA)は、そのタイトルからも察せられるように、ロードノベルである。山梨から青森まで。750キロメートル近くある陸路を、ある一家が爆走する。彼らの目的は、いったい何なのか?

車で旅する者たちに訪れる心の変化

山梨県都留市。富士急のローカル駅からさほど遠くない田園地帯に佇む築50年以上と思しき古い家には、喜佐家の歴史が刻まれていた。しかし、3人いる子どもたちの長男、惣太郎はすでに結婚して埼玉県の浦和にマイホームを建て、長女のあすなも県内の甲府で半同棲中。主人公で末っ子の周(めぐる)も、三十路を目前にフィアンセと新たな生活を始めるため、3日後には家を出ることが決まっている。

古びた実家に家族が集まるのもこの正月が最後になった元日のこと。あすなのパートナーだという高比良賢人も、挨拶がてらやって来るが、母お手製のおせちが並ぶ喜佐家の団欒には、あるものが欠けていた。

それは、父親。何かというと家を空け、肝心な時にもギリギリまで現れない父義紀の姿は、今日もまたそこになかった。

そんななか、引越しの段ボールが積まれた庭の倉庫の片隅で、見覚えのない木箱が見つかる。蓋を取ると、1体の仏像が収められていた。直後に、青森県の神社で起きたご神体の盗難事件がテレビのニュースで報じられると、家族の間に不安と疑念が広がる。

父には、妻や子を呆れさせた盗みの前科があったのだ。家族の中から犯罪者を出さないため、仏像を神社に戻そうと、一同は必死に計画を練り始める。

ルーツをたどると、紀元前成立のギリシャ神話「オデュッセイア」にまで行き着くそうだが、「ロードもの」と称される小説や映画について語られるようになったのは、1950年代以降のこと。第二次世界大戦からの復興期以降、自動車文化が庶民層へ急速に広まったことと無関係ではないようだ。

路上を舞台として、車で旅する者たちに訪れる心の変化を描く作品が多いが、本作もその例に洩れない。

映画「テルマ&ルイーズ」(1991年)のヒロインたちは水色のサンダーバードで疾走し、同じく映画「幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ」(1977年)で健さん一行は赤いファミリアに乗り込んだ。そして喜佐家の面々は、黒塗りの高級ミニバン、トヨタ・アルファードに仏像を積み込み、北をめざして車を走らせる。

しかし、バンの所有者で長男の惣太郎、母、主人公、そこに未来の義兄だという賢人が加わった喜佐家の選抜チーム4人の前途は多難だ。ご神体を祀った神社の例大祭を翌日に控え、ぶっ通しで飛ばしても9時間以上かかる道のりを走破し、深夜0時までには仏像の返却を終えねばならない。
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文=三橋 暁

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