食&酒

2024.02.09 11:45

新華僑との世代交代が進む神戸南京町で「ガチ中華」の店を訪ねてみた

神戸南京町の南京北路に面した南京町広場は多くの観光客でにぎわっていた

筆者は「蓮」の創業者の奚静紅さんとは面識がないが、「東紫縁」の店主とは何度か話をしたことがある。
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きっかけは、数年前に南京町を訪ねた折、同店の店頭の「おすすめメニュー」写真に中国の江南地方でよく食べられている雪菜(カラシナ科の青菜の塩漬け)を使った「紋甲イカと雪菜炒め(雪菜墨魚)」があったので、こういうガチな上海料理を出す店は珍しいと思って、入店したことだった。

「東紫縁」は、1986年に来日した楊さんという上海人が始めた店である。商売上、提供しているのは日本人相手の町中華メニューが大半だったが、東坡肉(豚の角煮)や蟹粉豆腐(カニミソ豆腐)など、素朴な上海料理も食べられた。この点は、日本人の客に特化したメニューを展開する「蓮」とは異なる意味で、好ましさを感じた。

同店で雪菜墨魚を食べてから約半年後、再び神戸の南京町を訪ねる機会があって、店の前を歩いていたところ、偶然に店主の楊さんが店の外に出てきて、筆者と顔を見合わせることになったのだが、彼はそのときにこう言った。
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「あなた、この前、うちでイカの雪菜炒め食べたでしょ。覚えていますよ」

「東紫縁」でいただいた紋甲イカと雪菜炒め(雪菜墨魚)。この料理は東京でも上海人の店でしかまず食べられない

「東紫縁」でいただいた紋甲イカと雪菜炒め(雪菜墨魚)。この料理は東京でも上海人の店でしかまず食べられない

知人の上海人もそうだが、彼らはえらく細かいことまでよく覚えていて、びっくりさせられることがよくある。確かに半年前、筆者は揚さんの来日から今日に至るまでの身の上話を聞いた記憶があった。またこの街では、もはや雪菜墨魚のようなガチな上海料理を注文する日本人は少ないことから、彼の記憶にも残っていたのかもしれない。

さて、この2軒の上海料理店の店主は、いずれも南京町に最初にやって来た1980年代来日組による新華僑「ガチ中華」だった。彼らの存在は、神戸華僑歴史博物館の展示で紹介されているように、この街の長い歴史に新しい血を注ぎ込むことになったのだと思う。

今回知ったその「蓮」と「東紫縁」の2軒の閉店は、早期あるいは前期「ガチ中華」時代の終焉が近づいていること、すなわち21世紀以降の来日組への世代交代を象徴する光景として強く印象に残った。

おそらくもう開店しているだろうが、東紫縁の跡地は中華料理ではなく日本の熊本料理の店になると聞いた。揚さんは、引退後どう過ごすのだろう。またお会いしたいと思ったものである。

2024年の神戸南京町の春節祭りは2月10日から12日まで

2024年の神戸南京町の春節祭りは2月10日から12日まで


最後になるが、神戸の「ガチ中華」は、南京町の外の三ノ宮界隈に増えていることがわかった。それは横浜中華街の外の伊勢佐木町周辺に「ガチ中華」が多いことと似ていることも追記しておこう。

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