もちろん、これはプーチンが仕掛けたゲームである。そちらが手を引かなければ、こちらはどこにでも火をつけてやる。ウクライナ、アルメニア、イスラエル、イラン、バルカン半島、モルドバ、フーシ派、イスラム世界、あるいは米国でも──と。米国ではその火で国内のコンセンサスが引き裂かれている。
その結果、どうなったか。米国の戦略は過剰に拡張し、予算は破綻をきたした。政治は不安定になり、社会の分断も進んだ。そしてトランプが出現した。
プーチンの脅しはたんに外国の「発火点」をたきつけることだけを狙ったものではない。それは自由世界の根幹を揺さぶることを意図している。彼は自由主義諸国の指導者、ひいてはその国民にこんなメッセージを突きつけている。あなたたちは民主主義のほうが、安定し、公平で、持続的な体制だと思っているのか? 自分たちの社会で起きている激しい分断に目を向けるがいい。われわれ全体主義の体制はこのような分断には直面していない──。
プーチンの脅威とはそういうものだ。この脅威が存在するのは、開かれた社会は他国での戦争などに影響されるのを免れないからだ。ロシアはそのうえ、サイバー戦争やオンラインの偽情報によって積極的にかく乱してもいる。
バイデン政権がこの脅威を深刻にとらえているのは確かだ。とはいえ、バイデンは主戦論者ではなく、グローバルパワーの追求者でもない点も思い起こす必要がある。彼はベトナム戦争世代だ。アフガニスタンでの戦争は唐突に終わらせた。混乱した、ひどい終わらせ方だった。冷戦後のほとんどの米国大統領と同様に、バイデンも自国の「平和の配当」を考慮した。
残念ながらロシアはそうではなかった。もちろん、米国が一步引き、内政を優先し、プーチンにロシア帝国を再興させても問題ないという考え方もあるだろう。米国内の孤立主義派はまさにそうした立場から、南部の国境に壁を建設したり、国を安定にしたりするのが先決だと訴え、ウクライナなどの問題は後回しにしている。
こうした政治的に押し込まれやすい面があるため、米国は案の定、これまでウクライナに全面的に関与するのを慎重に避けてきた。プーチンがイスラエルによるガザでの戦争をゲームの舞台に加えた現在は、なおさら慎重になっている。米国はウクライナのために、大量の武器やお金を携えてどかどかと出てきて、レッドラインを引き、「やつらを通すな!」と叫ぼうとはしないだろう。これは膠着状態を終わらせるひとつの方法だが、起こりそうにない。