話し言葉はすぐに消滅する
話し言葉を理解する場合にもうひとつ難しいことは、発話されたら最後、完全に消えてしまうことです。映画を見たりYouTubeを聞いたりしているときは、必要ならば音声を遅くしたり、再生し直したりすることができます。ですが、1対1のコミュニケーションの場合は、言葉が発せられた後は、言葉の見た目の形や音声の波形は文字通り「跡形もなく消えて(消散して!)」しまいます。自分にとって都合のいいペースで見たり、聞いたりすることができないし、聞いたばかりの単語の意味を思い出せないと、その思い出せなかった単語の後に発せられた単語もまた、聞き逃してしまうことになります。
話し言葉は「繰り返さない」
こんなふうに、発話される片端から消えてなくなる話し言葉にはもう一つ難かしい問題があります。「同じ表現が二度と出てこない」という問題です。ネイティブの発話者は、気づかないうちに毎回、ちょっとずつ違うバリエーションで表現しているのです。
母語ではそういったバリエーションにほとんど気づきませんが、新しい言語を学習するときは、それら「まったく新しいバリエーション」に適応する学習をしなければならないのです。
英語の例を見てみましょう。私たちは、座席(seat)の「ee(イー)」という音(国際音声記号では/i/)を一つの音だと思っていますが、実際にはこの「イー」に似た様々な音があるのです。"ee "を含む単語を発音する時、舌は決して「まったく同じ場所に」「まったく同じ時間だけ」あるわけではありません。また、発音する相手、話すスピード、"ee "の前の音や後の音、さらには話している相手によっても、舌の場所や滞在時間は異なります。
つまり英語の場合、seatの「イー」は、meatの「イー」とはわずかに異なり、seemの「イー」とは異なり、seekの「イー」とは異なるのです。それらの "ee "は、発音されるたびに微妙に違っています。そして、母と話すときと親友と話すときでも、わずかに違うのです。
では学習者は、どうやって「seat」と「sit」と「set」の違いを知ることができるのでしょうか? 母語では、脳は自然と適応し、調整しているのですが、新しい言語だと、それらの音の違いを学習し直さなければならないのです。