法令遵守が求められる捜査機関がなぜ暴走したのか。西山さんの国家賠償訴訟の弁護団メンバーで日弁連の再審法改正実現本部・本部長代行を務める鴨志田祐美弁護士は「根深いジェンダー・バイアスが背景にある」と捜査機関の性差別的な組織体質を指摘する。
ジェンダー・バイアスの視点で読み解く、事件のトラウマ
ジェンダー・バイアスとは、古い時代の性差別観が刷り込まれた意識や行動をいう。鴨志田弁護士は、西山美香さん(43)のトラウマの話をするにあたって、ある少女(19歳=当時)との出来事を話し始めた。西山さんのケースをジェンダー・バイアスの視点で読み解く参考になる、という。鴨志田さんが20年近く前に少年審判が行われた事件で弁護士付添人についた少女は、好きになった男に利用され、美人局(つつもたせ=男女の関係中に女の情夫が踏み込み、相手の男から金銭を脅し取る犯罪)の共犯として逮捕されていた。
「お金を貯めていつか一緒に暮らそうね」「2人で旅行にも行こうね」
少女は男にささやかれた言葉をかたくなに信じていた。「お金だけが目的」「愛を語った言葉は全てうそ」。警察など第三者の言葉にいっさい少女は耳を傾けようとしなかった。
「男にかけられた〝魔法〟を解かないと、この子は立ち直れない」
そう考えた鴨志田さんは鹿児島から電車で5時間かけて福岡県内の男の勾留先に行き、接見して事情を説明し協力を促した。男は少女のことを気にもとめていなかったが、しぶしぶ少女宛てに手紙を書いた。「だましていた」。そうはっきり書かれた手紙を鴨志田さんは持ち帰り、鹿児島の少年鑑別所で少女に渡した。文字が間違いなく男の筆跡だとわかった少女は、目の前で泣き崩れたという。
ひとしきり泣いた少女は頭を下げて言った。「先生(鴨志田さん)、私のために遠くまで行ってくれてありがとうございました」。その後は鴨志田さんに心を開き、ぽつりぽつりと本音を話すように。少年審判では「友だちのようにお茶したり、青春したかったけど、彼に喜んでもらおうと思い、どんどん取り返しのつかないことになってしまった」などと後悔の思いを語った。
1年後、少年院を出た少女は鴨志田さんに挨拶に来た。その後、美容師になり、地道に社会生活を再スタート。立ち直ったかのようにも見えたが「そうではなかった」と鴨志田さんは言う。
「男にだまされたことによるトラウマは根深く、その後もずっと精神科の病院に通っているんだそうです。今も立ち直れていない」
西山さんも刑事に「起訴してからも会いに行く」「俺が一生面倒を見る」(本人の獄中手記、手紙などによる)などとささやかれ、言葉巧みに誘導されて自白調書を作られた。刑務所に入ってだまされたことに気づいたが、出所後も「刑事を憎めない」と苦しみ続ける様子を間近に見る鴨志田さんは「少女がトラウマに苦しむ姿と重なる」という。