国内

2023.12.01 10:45

冤罪を生み出す不正捜査 警察・検察の「ジェンダー・バイアス」が背景に


どこまでが個人の判断で、どこからが組織的だったのか。

「入り口(逮捕の段階)までは刑事の個人プレーだったかも知れないが、それ以降は組織全体でやっている。警察だけではなく、検察も一緒になって。刑事は彼女から自白を取って、殺人犯に仕立てるという命題を帯びた組織の歯車として動き、取調室で『2人だけの世界』をつくって無実の彼女を犯人に仕立てた。男女の恋愛感情を利用しているのは、誰の目にも明らかだったはず。女心をくすぐって自白を取っている、などということが分かったら、普通は誰かが止めなければいけない。

『このやり方、さすがにまずいんじゃないか』『やっちゃいかんだろ』と。誰1人いなかったどころか、むしろ組織で焚き付けた。絶望的ですよね、組織化した時点で。なぜ、理性が働かなかったのか、そこが不思議で仕方がない。引き返せないのがあの組織の特性で、本当に今回もストーリーができたら2度と戻らないことが証明されてしまった

鴨志田さんは、女性が被害者になる冤罪事件では「必ず捜査側のジェンダー・バイアスが影を落としている」と指摘する。

「東住吉事件(注1)がそう。娘を亡くして悲嘆にくれている母親の傷口をえぐるように『母親失格』と責め立て、その結果、青木惠子さんはやってもいない犯罪の自白に落ちている。大崎事件(注2)でも同じです。原口アヤ子さんが親族を切り盛りする立場にあった『長男の嫁』だったことに目をつけ『気の強い長男の嫁』が仕組んだという話を作り上げ、取り調べでも『生意気な女』という偏見の目で責め立てている。そんな思い込みでありもしない犯罪のストーリーが作られ、その一方で無実の裏付けになる現場の事実がことごとく無視されていった」

(注1)東住吉事件…1995年、大阪府大阪市東住吉区の住宅にある駐車場で火災が発生。駐車場に隣接する浴室で入浴中だった長女(当時11歳)が焼死し、保険金目的の放火殺人事件だとして、無実の母親の青木恵子さんと内縁の夫の2人が逮捕され、無期懲役が確定したえん罪事件。2016年、再審で無罪が確定した。

(注2)大崎事件…1979年、鹿児島県大崎町で農業の男性(当時42)の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さんと、原口さんの当時の夫ら親族3人が殺人や死体遺棄容疑で逮捕、服役した。原口さんは一貫して無実を主張、親族3人は知的障害がある供述弱者で自白を誘導された可能性が高い。2002年以降、3度の再審開始決定が出ていながら検察の抗告で再審が開かれないことが人権問題になっている。鴨志田さんは弁護団事務局長。

今も『2人の世界』に取り残されたまま

世界経済フォーラムはことし6月、男女格差の後進性を示す日本のジェンダーギャップ指数は146カ国中125位(2023年版世界男女格差レポート)に後退した、と発表。警察行政に改善を促すべき政治は世界最低クラスの138位となっており、男性社会の権化のような捜査機関の実態が改善する兆しも可能性も皆無の状況だ。

鴨志田さんは、西山さんの事件についてもこう指摘する。

恋愛感情を利用する、というのも、ジェンダー・バイアスがベースにある。起訴後に違法な面会を繰り返すところは特に際立っている。“落とした”後にも支配力を持続させたい、服従関係をもっと強固なものにしたい、という下心が透けて見え、計算づくで老かいで悪質。西山さんが喜ぶことをわかって一線を越えていくのだから、悪質の度合いがさらに一段上がっている。『おれにかかれば、ちょろいもんだ』という見下した態度がありあり」

刑事は初公判の3日前に拘置所に出向いて西山さんに面会し「検事さんへ…もしも(初公判の)罪状認否で否認しても、それは本当の私の気持ちではありません」と書かせた。西山さんが法廷で否認する場合の用意周到な対策に他ならない。用紙は持参していった、と刑事は1審で証言した。

なぜ刑事の言いなりに手紙を書いたのか、まだ獄中にいた当時の西山さんに手紙で問い合わせると「その時私は数日前にあばれていたので保護室に入れられ、懲罰(規律違反に拘置所側が課すペナルティ。一定期間、独房に入れられる)になるか調査中でした。

その懲罰をA刑事に『取り消してあげるから、罪状認否の時に罪を認めなさい』と言われ、心がうごいてしまい『検事さんあて』の手紙を書いています」という返事が戻ってきた。さらに驚いたのは「刑事は約束通り懲罰を取り消してくれたか」と次の手紙で聞くと「(懲罰は)なくなりませんでした」という返事が来たことだった。

ただ「言いなりになっていた」という単純なことではなかった。「計算づくで老かいで悪質」。鴨志田さんが指摘する通りの卑劣な行動をとっていたのだ。

鴨志田さんは言う。

「西山さんとの『2人の世界』をつくった刑事は彼女を犯人に仕立てたあとは、元の世界である組織に戻っていった。だけど彼女は今も『2人の世界』に取り残されたまま元の世界に戻ることができない。この差が、一方は加害者であり、他方は被害者である、ということを示す決定的な事実です。美人局の男はちゃんと少女に手紙を書いただけ、まだ人間性があった。西山さんをだました刑事は今もって人間性が欠如したままの状況。組織ぐるみで彼女を利用した警察、検察も同じ。重大な人権侵害を引き起こしておきながら説明も謝罪もなく、何の責任も取ろうとしない

国賠訴訟の法廷では、西山さんの取り調べをした刑事、捜査責任者、司法解剖した鑑定医、検察官が証人尋問を受け、説明を求められることになっている。

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