教育

2023.11.07 13:30

創発のマネジメント

しかし、こうした状況が生まれてくることは、複雑系の研究においては、すでに予見されていた。

それが、複雑系研究で語られる「カオスのエッジ」(混沌の縁)という理論である。

これは、最も生命力に溢れる現象は、完全な「オーダー」(秩序)でもなく、完全な「カオス」(混沌)でもない、その中間の絶妙のバランス領域において生まれてくる、という理論であるが、この理論を「教育」や「経営」の現場に当てはめるならば、最も生命力に溢れた創造的な活動は、完全な「管理」でもなく、完全な「自由」でもない、その中間の絶妙なバランス状態において生まれるのである。

そして、この「カオスの縁」=「絶妙のバランス領域」を見出すためには、極めて高度な直観力とバランス感覚が求められるのであり、それゆえ、「創発のマネジメント」とは、教育者や経営者に、深い叡智を求めるマネジメント手法なのである。

実際、「創発のマネジメント」を実践するためには、教育者や経営者には、教育や経営の現場が、少し「管理」の方向に行き過ぎていると判断すれば、「自由」の方向に舵を切り、逆に、「自由や放任」の方向に行き過ぎていると判断すれば、「管理や指導」の方向に舵を切り、集団心理の機微の深い理解に基づく成熟した手法で、柔らかく関与することが求められるのである。そして、それは、学生や社員の自発性と創造性を高めたいとの情熱に支えられた、教育や経営の現場での永年の実践からしか掴めない、高度な能力であり、深い叡智なのである。

そして、この叡智とは、学生や社員の活動を静かに、しかし、細やかに見守りながら「いま何かの関与をすべきか」「いや、ここは、もう少し見守るべきか」という葛藤を意識的に続ける叡智でもある。

臨床心理学の河合隼雄氏が、かつて、カウンセラーに求められるのは「何もしないことに全力を注ぐ」ことであると語っているが、「創発のマネジメント」も、然り。

それは、何もしないように見えて、実は、極限の能力を発揮しているマネジメントなのである。


田坂広志◎東京大学卒業。工学博士。米国バテル記念研究所研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、多摩大学大学院名誉教授。学校法人「21世紀アカデメイア」学長。世界経済フォーラム(ダボス会議)専門家会議元メンバー。全国8000名の経営者やリーダーが集う田坂塾塾長。著書は『成長の技法』『教養を磨く』など100冊余。

文=田坂広志

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年12月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

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