人生の成功とは何か

田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

筆者は、現在、全国で1万人の若者が学ぶ学園の学長という立場にあるが、学生諸氏には「二つの問い」を心に抱いて、学園を巣立って欲しいと考えている。

それは、米国の初等教育において語られる問いであるが、第一はDefine your own success.(あなた自身の「成功」を定義しなさい)であり、第二は、Find your own uniqueness.(あなた自身の「個性」を発見しなさい)という問いである。

なぜなら、「自分は、いかなる人生を歩んだとき、その人生を成功だったと思えるのか」という根源的な問いを考えないままに歩んでいくと、世の中の通俗的な「人生の成功」の定義、すなわち、「地位」や「名声」や「財産」といった基準によって、自分の人生を判断してしまうからであり、そこに、人生の不幸の大きな原因が存在するからである。

しかし、我が国では、受験教育や偏差値教育によって、子供の頃から人との競争が求められ、その過程で、競争に勝つことが人生の成功につながるという思想が刷り込まれてしまう。そして、社会に出れば、そこにも「勝ち組」「負け組」という言葉が溢れ、政府の政策にも、「競争が社会を良くする」という思想が浸透している。

だが、当然のことであるが、誰もが勝者をめざす社会において、誰もが勝者になれるわけではない。むしろ、現実には、敗者の方が圧倒的に多く生まれてくる。すなわち、他人との競争に勝つことが人生の成功だという「勝者の思想」には、少数の人間しか幸せを感じられないという根本的な問題がある。

では、「勝者の思想」を超え、多くの人々が幸せを感じられる思想とは、何か。

それは、他人との競争に勝つことではなく、自分が掲げた夢や目標を達成することを人生の成功と考える「達成の思想」である。それは、ある意味で、「他人との戦い」ではなく、「自分との戦い」に意義を見出す思想でもある。

実は、この思想を抱くとき、私たちの中から「個性の輝き」が現れてくる。なぜなら、人生において掲げ得る夢や目標は多様であり、ヨットで世界一周をしたい、健康食レストランを経営したい、NPOで地球環境問題に取り組みたいなど、どのようなものでも良い、一つの夢や目標を掲げ、その実現に向けて努力をするとき、そこに、人生の喜びや生き甲斐が生まれてくる。それゆえ、我々の精神は、成熟するに従って、「勝者の思想」から「達成の思想」に向かっていく。

しかし、この「達成の思想」にも、実は、限界がある。なぜなら、人生には様々な「逆境」があり、それゆえ、誰もが、人生において夢や目標を達成できるわけではないからである。

だが、たとえ夢や目標を達成できなくとも、その実現に向けて努力していくとき、我々は、必ず、職業人として、人間として、成長していける。

そのことを、筆者は、『人生の成功とは何か』という著書で、「人生において、成功は約束されていない。しかし、成長は約束されている」と述べた。

すなわち、この「人間成長」を「人生の成功」とする思想が、「成長の思想」に他ならない。
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文 = 田坂広志

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年9月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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