不正会計で学んだ、信頼の拠り所とガバナンスの大切さ
──あなたの仕事に対する価値観やリーダーとしての姿勢に影響を与えた出来事は。
カウフマン:1つは、私が16歳か17歳の頃の出来事だ。当時、私はハンドボールの選手としてかなり活躍していた。重要な試合で私は素晴らしいプレーをし、多くの得点を挙げた。だが、勝負にはわずか1点差で負けてしまった。
試合後、私は自分の得点を確認するために審判のところに行った。そのときコーチが私のところに来て、こう言った。「シュテファン、そんなことは関係ないんだよ。私たちは試合に負けたのだから」。その瞬間、私はとても恥ずかしくなった。個人の成績は重要ではない、チームの成功こそが重要なのだと理解した。
以来、私にとって重要なのは個人ではなく、常にチームの成績のほうだ。企業で中堅以上になってからは、スターよりも優れたチームを作ることを心掛けてきた。
もう1つ、私に大きな影響を与えたのはオリンパスで過ごした20年間だ。常に順調なわけではなかった。非常に困難な状況に直面したこともあった。別の企業に移ることが頭をよぎったことも、正直あった。しかし、最終的にはオリンパスに留まり、すべての挑戦を良い機会として受け入れることに決めた。私は、正しい姿勢と適切なチームがあればどんなチャレンジもクリアできるという信念を強く持っている。
──オリンパスは11年に不正会計が発覚し、創業以来の危機に直面した。そのときも会社や組織への信頼が失われることはなかったのか。
カウフマン:オリンパスへの信頼は揺るがなかった。あの出来事を通じて、限られた人たちの誤った行いが、大多数の人たちの態度や考え方ではないという、区別することを学んだ。そして、ガバナンスの重要性を再認識した。企業は、個人が誤った決定をし、それが長きにわたり表面化しないような事態を防ぐためのガバナンスシステムを整えるべきだ。信頼はすべての基盤だが、信頼があるからガバナンスやコントロールが不要だというわけではない。信頼とガバナンスは補完的なものだ。
──仕事にやりがいを感じるのはどんなときか。
カウフマン: 1つ目は、顧客である医師たちに会うときだ。医師に会うと手術室で何が起こっているかを理解できるし、当社の技術や製品が本当に人の命を救っていることがわかる。具体的には、当社のデバイスやソリューションを使えば、がんを早期に発見し、致命的な状態になるのを防ぐことができる。また、がんが発生した場合も、可能な限り少ない侵襲で治療でき、身体への負担や術後の痛みを軽減できる。当社の製品が人々のより良い生活につながっているのを見ると強い満足感を覚える。
2つ目は、チームが共通の目標を達成するために互いに協力しながら働いているのを目にするときだ。そのためにも、リーダーシップは重要だ。良からぬリーダーシップは従業員だけでなく、彼らの家族や私生活全体にも悪影響を及ぼす。私たちはリーダーとして、従業員の幸福をケアするという重大な責務を担っている。そして、私たちの振る舞いは従業員の人生だけでなく、その家族や友人の人生にもつながっているのだ。
シュテファン・カウフマン◎オリンパス取締役代表執行役社長兼CEO、Olympus Corporation of the Americas取締役会長。1968年、ドイツ・フランクフルト生まれ。ハイデンハイム応用科学大学(経営学)卒。ドイツの百貨店カールシュタットと旅行会社のトーマス・クックで一貫して人事畑を歩む。2003年にオリンパス入社。欧州の統括責任者などを経て17年執行役員。19年に執行役兼取締役に就任するとともに来日し、本社に駐在。23年4月から現職。