宇宙

2023.10.25 09:45

おもちゃ技術で月面を攻略。超小型の月面ロボットが生まれるまで

(写真左から)渡辺公貴 永田政晴 平野大地 赤木謙介

Forbes JAPAN 2023年12月号』で特集する「クロストレプレナーアワード」。今回が初の開催となる。クロストレプレナーとは、他社との共創で課題解決に奮闘する新しい姿の起業家で、一社が生み出すよりも何倍も大きなインパクトを生む。私たちが選んだのは「大企業がかかわっていて、2社以上がアセットをもち寄り、社会課題へインパクトをもたらすことのできるプロジェクト」だ。

宇宙関連市場が急成長中だが、世界における日本の競争力はまだ強いとはいえない。 そこに希望を灯す、官民連携の宇宙産業プロジェクトを紹介しよう。


日本初の月面着陸を目指す小型月着陸実証機「SLIM(スリム)」が2023年9月7日、宇宙へと旅立った。そこには着陸の日を待ち構える小型ロボットが載っている。宇宙航空研究開発機構(JAXA)、タカラトミー、ソニーグループ、同志社大学が共同開発した、変形型月面ロボット、愛称「SORA-Q(ソラキュー)」だ。SORA-Qは野球ボールほどの球体だが、SLIMの着陸直前に放出されて月面に降り立つと、変形して外殻が2つの車輪にトランスフォームする。

月面を走行しながら撮影した画像は、SLIMが計画通りに着陸したかどうか判断する重要な手がかりとして地球に届けられる計画だ。プロジェクトマネジメントと製品の宇宙仕様化を担当したJAXAの主任研究開発員・平野大地は、開発過程をこう振り返る。「宇宙分野での開発経験があると、宇宙では実績と信頼性が要求されることが分かっているので、エッジが効いたものを採用するのはハードルが高いです。これまでの知見にとらわれずに新しいものを提案していただいたおかげで新しい視点が増え、解決できたことが多くありました。異分野の方とのコラボは非常に価値が高い」

プロジェクトのきっかけは、JAXAによる産業界や大学とともに宇宙探査技術の開発を目指す枠組み「宇宙探査イノベーションハブ」で公募されていた「昆虫ロボットの研究開発」にタカラトミーが応募したこと。16年にJAXAとタカラトミーによる共同研究を開始し1年で試作機を開発。その出来が評価され、さらにSLIMプロジェクトが立ち上がったことから19年4月にSORA-Qの月面行きが検討され始めた。

きめ細かい砂に覆われ起伏に富んだ月面では、小型のロボットはすぐにスタックしてしまう。そこでタカラトミーが玩具開発で培ったノウハウを生かすことになった。開発をリードしたのは、先端技術を使った玩具やロボットの開発に携わる同志社大学教授(当時:タカラトミー)の渡辺公貴だ。

通常の玩具は試作機を2、3回つくると量産に入るが、SORA-Qは20回以上試作機をつくり直して、サイズやバランス、機能を調整した。形状は10通り以上の案が出たが、最終的に採用されたのは「パッと生まれた機能的な」案。渡辺には動物や昆虫など様々な生き物の動き方が頭にあった。ウミガメが砂のなかで卵からかえりはい上がる姿から、両輪の回転軸をずらして走らせるアイデアを得たという。ゾイドなどの開発でタカラトミーに生物を模したロボットの製作経験があったことでスムーズに渡辺のアイデアを実現することができた。
各企業のもつレガシー(資産)がロボット誕生につながり、世界でも類を見ない小さい月面探査機技術で世界をリードしようとしている。

各企業のもつレガシー(資産)がロボット誕生につながり、世界でも類を見ない小さい月面探査機技術で世界をリードしようとしている。

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文=井上榛香 写真=吉澤健太

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年12月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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