カルチャー

2023.10.19 11:00

新・ラグジュアリーの文脈で考える「復刻」の意味

鈴木 奈央
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その証のひとつとして、かつての名作を懐古的に愛でる人だけでなく、若い人たちを販売ターゲットにしています。もちろん、ものによって違いますが、やはり現在市場に行きわたっている同等機能レベルの量産品よりは価格が高く、少々敷居が高いです。それでも長い時間を経て評価が高い製品には魅力を感じる、という人たちが購入する。ヴィンテージショップで売られているオリジナル製品よりは安いからとの理由もあるでしょうが、彼らの購入判断の第一に価格がきていないのは確かそうです。

復刻をコアとする具体的な例として、1967年にジャンカルロ・ピレッティがデザインした折り畳み椅子「プリア」を代表作とするヴェネト州にあるアノニマ・カステッリ社、1960年代の前衛を走ったグフラムや1980年代に世界中を騒がせたメンフィスといったデザイン資産を継いでいるイタリアン・ラディカル・デザインというグループが挙げられます。これらは今のところ、基本的に新作を手掛けることは少なく、過去の製品のアーカイブを起点とした再編成をしています。

そして面白いのは、この数年、イタリアデザイン史をかたちづくる展覧会に出かけると、前述の社長がほれ込んでイタリア企業に提案してきた復刻版がかなり展示されているのです。またはこちらの動きとは関係なく復刻版ができ、輸入してきた作品もあります。言うまでもなく、生産停止になることなく、長く生産され続けてきたものもあります。

ただ、いずれにせよ、自分の好みから欲しいものを企業に働きかけてきたら、結果的にイタリアデザイン史を彩る作品が「現在も生産中」のものとして見られることになったわけです。そして、イタリアで復刻を手がけるデザイン関係者から目利きとして評価を受けています。

ミラノで開催されたイタリアの建築家/デザイナーのアルド・ロッシの展覧会(2022年撮影、Getty Images)

実は、このストーリーを別のビジネスの観点からみることもできます。近年、多くの家具メーカーのビジネスの売り上げは、ホテルやオフィスなどへの供給に依存する傾向があります。ソファやベッドをまとめた量で納品するので割が良く、企業にとって魅力です。

他方、それらの製品は往々にして個性を売り物にすることはなく、デザイン史の一コマを演じることはありません。だからこそ、なんとかして自分たちのアイデンティティでもあるデザイン性の強い製品を並行して市場で存在感を示そうとします。しかし、両者は流通経路からして異なります。

すなわち、大きな商売をしている企業が必ずしもデザインものマーケットで大きな顔ができるわけではないのです。このあたりの弱点というか、空白地帯に対して復刻をコアにする企業が狙っているのではないか、という見方もできます。お金にものをいわせたマーケティング力勝負とは距離をもつビジネス領域においては、歴史の解釈力と再編成力がないと戦えません。
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文=安西洋之(前半)、中野香織(後半)

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