新人IRがファンド役をやると投資「見送り」 模擬IR会で埋まる溝

Shutterstock

子どもの頃、親や教師に「相手の立場に立って考えてみよう」と言われたことはありませんか? 相手の立場を思いやることで、自分では正しいと思って行っていたことが、必ずしもそうではないことに気付くことがあります。大人でも、人間関係を上手く解決するための大事なポイントです。

ただ、本当に「相手の立場になる」ことは難しいものです。たとえば上司と部下。部下を持ってみないと、上司の気持ちはなかなか分からないもので、「あの時は反発していたけど、あの人のお小言は正しかった」なんてこともよくあります(私のことです)。

さて投資家と企業ではどうでしょう。将来の成長ストーリーを信じてもらいたい経営者と、その蓋然性を見定めたい投資家は、もちろん正反対の立場です。価値観を伴うストーリーをナラティブといいます。企業側のナラティブと投資家側のナラティブの間には溝があるのです。企業の経営者やIR担当のうちほとんどがベンチャーキャピタルや機関投資家などで働いた経験がありません。何十回、何百回と投資家と話をしていても、本当の気持ちは分かっていないかもしれません。

CFO役と投資家役に分かれ、模擬IRミーティング

そうした問題意識から私は、6〜7月に、東証グロースに上場しているIT企業でこんなワークショップを開催しました。

IR担当たちを集め、CFO役と投資家(ファンドマネージャー)役に分かれ、模擬IRミーティングを体験してもらうのです。CFO役は自社のIRプレゼンテーションを行い、ファンドマネージャー役はCFO役の会社を調査して業績予想を作成。CFO役とのIRミーティングを行ったうえで、投資判断(買い、または見送り)をしてもらいます。さらにその様子をプロの機関投資家(ファンドマネージャー)に見てもらい、ゲスト講師として批評を行っていただきました。

この企画の主な目的は、現役IR担当者のスキルをCFOレベルにまで向上させること。ただ予想外に効果があったのが、ファンドマネージャーの立場を体験させることでした。

顕著だった例を挙げましょう。マーケティングからIRに異動して1年のある担当者(ここではAさんと呼びます)。AさんがCFO役で語った自社の成長ストーリーは、とても魅力的でした。創業の想いやビジョン、現在の事業の状況と中長期の展開などが、テンポよく語られました。この1年のIR経験で、業績に関する質問への答え方も慣れており、合格点といえましょう。欲をいえば、数字の話となると足元の変化の説明にとどまってしまうことが改善されればベストです。

Aさんがファンドマネージャー役となった時はどうだったでしょうか。Aさんが投資対象として検討することになったのは別の東証グロース上場企業でした。異なる業界に属するので、普段はお互い意識することがない企業です。売上成長率が高いうえに、利益率も一定水準を確保しており、それを反映してPERが高い状況にある会社です。Aさんは、見慣れない業界にもかかわらず、すぐに対象企業の特性などをつかみ、模擬IRミーティングで活発な質疑応答を行い、業績予想と投資判断に反映させました。

このあとAさんに投資判断を尋ねると「見送り」との答えでした。「利益の状況に比較して割高に思えたことや、現在の高成長がどこまで続くか確信を得られなかった」という理由です。興味深かったのはその次に続いた言葉です。
次ページ > 現役IR担当者が得た発見

文=市川祐子 編集=露原直人

ForbesBrandVoice

人気記事