作者自身が信頼できない語り手として登場する不穏なミステリ『トゥルー・クライム・ストーリー』

マンチェスター大学(ironbell / Shutterstock.com)

作者が信頼できない語り手として登場

もうお判りかもしれないが、声明文の著者とは『トゥルー・クライム・ストーリー』の作者ジョセフ・ノックスその人であり、イヴリンが頼った同業の男友だちというのも、つまりノックスのことなのである。
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やはり作者自身が実名で登場するアンソニー・ホロヴィッツの「メインテーマは殺人」に始まるホーソーン&ホロヴィッツのシリーズでは、名探偵の相棒(ワトスン)役を自ら買って出た作者が、物語の緊張感にメリハリを与えるコメディ・リリーフの役割も担っていた。

一方、本作のノックスはというと、作中に掲げられた証拠書類の1つであるSNSからの引用ページに、イヴリンの著作を盗んだ男という投稿者の揶揄とともに、情けない姿の自身の写真付きで読者の前に登場する。

挿入されるイヴリンとのメールのやりとりに何故か黒塗り箇所が目立つことや、次々明らかになっていく女性関係、麻薬問題など、物語が進むにつれ、読者の心に芽生えた疑惑は確信に変わっていく。すなわち、このどこか胡散臭く、いかがわしいノックスという人物は、信頼できない語り手であると。
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ところが、作者の作品への介入というメタフィクションの手法を採りながら、物語は終盤に向け、犯罪小説としてのテンションを上げていく。

文字通り命をかけたイヴリンの取材が、コールド・ケース(未解決事件)の矛盾をはらんだ複雑な事件の全体像のベールを剥いでいくと同時に、こみいった人間関係を解きほぐし、生まれながらの犠牲者たちの悲劇の物語を詳らかにしていくのだ。

双子の絆を取り戻したキムが真相に迫っていく後半は、人生の痛みを受け入れ、人間として力強く成長していくヒロインの物語となっていく。失踪事件の真相にはヒリヒリとした苦味もあるが、読後に爽快感が残るのは、そのためだろう。

それにしても、最後まで読者の心にわだかまるのは、ジョゼフ・ノックスという人物のいかがわしさだ。『トゥルー・クライム・ストーリー』の不穏な空気は、作中に終始見え隠れする作者自身の存在に由来するものに違いない。

自らが虚構の世界に降り立ち、独特の犯罪小説の世界をつくり出す、したたかで挑戦的な作者の姿勢に心から拍手を送りたい。
ジョセフ・ノックス『トゥルー・クライム・ストーリー』(池田真紀子訳)

ジョセフ・ノックス『トゥルー・クライム・ストーリー』(池田真紀子訳)

文=三橋 暁

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