もう少しだけ続けてみよう━━。そう思ってもらえるように
一方で、中国や香港などによる輸入規制措置の強化を受けて、その発表直後から秋元のもとには漁業者たちの悲鳴が届いている。長崎県の牡蠣生産者は、今年11月に市場経由で中国に向けて2tの牡蠣を輸出予定だったが、全量キャンセルになり、それらの牡蠣が行き場を失った。また、青森県のホタテ生産者の場合、輸出できなくなった北海道のホタテが国内市場に流れてくるため、大幅な相場下落により売り上げへの影響が見込まれるという。
そうした中、漁業者が新たな販路を求めて、直販への参入を検討するケースが増えていると秋元は説明する。
「コロナ禍でよく見られたのが、生鮮品が売れなくなってしまい、保存が効かないので破棄せざるをえないケースでした。そのため食べチョクでは今回、漁業者さんが1日でも早く商品を売りに出せることを重視。通常5〜8営業日程度かかっていた審査を最短1日に短縮できるようにしたほか、商品紹介ページの作成と出品を、スタッフがサポートさせていただいています」(秋元)
また、漁業者が適正価格で販売できるように個別サポートも実施。食べチョクで産直を始める漁業者からの問い合わせで一番多いのが、プライシングだという。
「漁業者さんのほとんどが普段、漁協を介して商品を売りに出されていて、今回のような非常事態でいきなり産直を始めようとすると、『いくらで、どういう単位で売ったらいいか分からない』という状況に陥りがちです。直販では従来の流通方法に比べてどうしてもロットが小さくなるため、梱包や配送の手間がかかります。漁業者さんはその分のコストもしっかり上乗せした価格で販売し、収益を確保する必要があります」(秋元)
さらに食べチョクでは、処理水放出の影響によって売上が2割以上減少した漁業者への「早期入金」も実施。背景には、一次産業ならではのビジネスモデルがある。
「漁業や農業は先行投資が必要で、キャッシュフローが回りづらいビジネスモデルです。特にコロナ禍では、流行当初から当社で送料を負担したり、注文あたり一定額を生産者に寄付するなどといった支援策を実施していました。しかし影響が長期にわたり、数ヶ月、短期的に耐え忍んだ生産者さんでも、結局、資金繰りが苦しくなって数年後に廃業されてしまう方が目立ちました。まだまだ私たちに力が足りないことを実感しました」(秋元)
政府は9月4日、総額1007億円の水産支援策を発表。資金繰り支援などを通じ、国内の生産持続対策や消費拡大促進などに取り組んでいくとしているが、支援の手が漁業者に届くのは少し先になる。そうした中、秋元には食べチョクの支援がつなぎとして少しでも漁業者の助けになればという思いがある。
神奈川県相模原市の農家に生まれた秋元は、慶應義塾大学で金融工学を専攻した後、DeNAでの勤務を経て、2016年に食べチョクを創業した。そのきっかけは、実家の農家が廃業し、美しかった畑が耕作放棄地になっている光景を目の当たりにしたことだったという。
秋元は何とかしたい一心で農家を回り、ヒアリングを実施。すると、生産者自身に価格の決定権がないうえに、多くの中間業者が存在するために生産者の粗利が少なくなる収益構造や、限定的な販路など、農業が抱える深刻な問題に気づいた。以来、産直のプラットフォーマーとして、生産者と消費者とを直接結び、生産者が正しく収益を得られる仕組みを構築してきた。
「今回のように誰にも先が見えない状況下で、まず私たちが動くこと。それによって一人でも多くの漁業者さんに『味方になってくれる事業者がいる』と感じてもらい、廃業を踏みとどまってもらいたい。そして『もう少しだけ続けてみよう』と思ってもらえたらいいですね」(秋元)