約1万3000点以上の絵画作品のなかからお気に入りを選んでレンタルできる「Casie」。手軽にアートを楽しめる仕組みの構築とアーティストの活動支援を目標に34歳で起業した藤本翔の覚悟とは。
個展を開催しても絵が売れず、デザインなどの受託仕事で生計を立てる──。不遇の画家だった父が34歳で病死。藤本翔は小学5年生だった。
「父の亡き後、とにかくアーティストを応援できる何かをやりたいと、漠然と思っていて」中学生になった藤本は、行動に出る。母親の友人のひとりが、設計事務所社長兼アートコレクターであることを知り、事務所を訪ねて「どうやったら社長になれますか」と尋ねたのだ。社長は即答した。「物を売る力と、人を集める力、金勘定の力を身につけなさい」
かくして藤本は大学を卒業後、「“鉛筆からロケットまで”との言葉が示すごとく、幅広くいろんなものを売れる力を身につけるために」、総合商社の営業職に就いた。2年後、今度はコンサルティングファームに入社。もちろん残りのふたつの力を求めてのことだ。
そして2017年、父が逝去したのと同じ34歳でCasieを創業した。だが、力をつけたとて、「絵画のサブスクは、どんなコンサルティングのテーマより難しかった」という。
「先行事例がない。市場がない。競合がいない。予想よりかなり厳しい茨の道でしたが、これこそまさにカルチャープレナーだし、とにかく思いを伝えるために行脚し続けました」
2年をかけて1000点を集め、19年にサービス開始。月額料金は作品の大きさに応じて、2200円、3300円、5830円の3種類で、すべてが一点ものだ。たった1分、簡単な質問に答えるだけで好みの絵がわかる「アート診断」というツールもあり、絵を借りることへの敷居の低さが好評を得ている。
一方、画家への報酬は、サブスク(月額料金の35%)、販売(顧客が絵を購入した際の60%)、IP(作品データを利用したプロダクトが売れた場合の数%)と大きく3つに分かれる。いまでは約1200人の画家から約1万3000点以上の作品を委託されるまでになり、昨年は600点が販売につながった。1点100万円超えの高い評価を受けるほど成長した画家もいるそうだ。
ここにたどり着くまでには苦い経験もあった。サービスリリースして1年後、解約者が増えた。藤本は打開策のヒントを探しに美術館や展覧会、展示会に足しげく通った。
「それで気づいたんですよ。みんな作品を見ている時間よりも、隣のキャプションを読んでいる時間のほうが長いってことに」
誕生したのが、『FUMUFUMU』という冊子だ。中身はアーティストインタビューから、厳選した作品のキュレーション秘話、スタッフによる「アートな小噺」など。月1回、17号まで制作されており、実際にサービスの継続率は上昇した。「僕にとってアートの進研ゼミです」という顧客の声からもわかるとおり、藤本の仕掛けた「アーティストの支援」と「顧客のアート教育」の両輪は、いま加速し始めた。
ふじもと・しょう◎Casie代表取締役。1983年、大阪府生まれ。父は洋画家。才能ある画家が経済的理由で創作活動を断念する現在のアート業界に課題を感じ、新しいアートのエコシステムを考案。2017年にCasieを創業。