酸素には「酸素16」「酸素17」「酸素18」という3種類の安定同位体が存在する。化学的性質は同じだが、質量がわずかに異なるため、重い酸素同位体を含む水分子は、蒸発や凝結のしやすさが異なる傾向がある。低温の海水は、重い同位体の割合がより高く、温暖な海水は重い同位体が減少し、より軽い同位体の割合が高くなる。蔓脚類が炭酸カルシウム(CaCO3)でできた殻を成長させる際に取り込む酸素の同位体には、この存在比の違いが表れる。
成長実験を経て研究チームは、MH370便のフラッペロンから採取したより小型の蔓脚類の殻の化学組成を分析し、殻の成長プロセスの逆をたどった。その結果、残骸に付着した蔓脚類が海を漂流している間の酸素同位体の割合と海水温を算定できた。
アイルランド国立大学ゴールウェー校の蔓脚類専門家と海洋学者の協力を得た研究チームは、蔓脚類の海水温の記録を海洋モデルと結び付けることで、漂流の部分的な再現に成功。フラッペロンが島に打ち上げられるまでの最後の数カ月間に漂流した可能性のある経路を再現した。再現結果はこの動画で確認できる。
ハーバートは「残念なことに、最も大型で古い蔓脚類はまだ研究用に提供されていない。だが、墜落点までさかのぼる完全な漂流経路を再現する目的で、墜落後間もなく残骸の上にコロニーを形成した蔓脚類にこの手法を適用できる可能性があることが、今回の研究によって証明された」と説明する。
これまでのところ、MH370の捜索は、南北に走る帯状の領域「第7円弧」に沿って数千kmの範囲に及んでいる。同機はこの領域に到達した時点で燃料が切れ、滑空状態になった可能性があると考えられる。海洋学と気象のデータを用いて浮遊残骸の動きを予測する、2016年に実行されたシミュレーションでは、捜索範囲を北方に拡大することが提案された。ハーバートは、対象領域の海水温は北方と南方では大きく異なる可能性があるため、今回開発した手法により、捜索範囲をさらに狭められるかもしれないと述べている。
ハーバートによると、フラッペロンを調査した最初の生物学者チームの一人であるフランスの科学者ジョセフ・プパンは、付着していた大型の蔓脚類が残骸上にコロニーを形成した時期は墜落直後、場所は機体が現在ある実際の墜落点のすぐ近くの可能性があると結論。それが事実ならば、殻に記録されている海水温を基に、捜索範囲を絞り込めるかもしれないという。
研究結果をまとめた論文「A Stable Isotope Sclerochronology‐Based Forensic Method for Reconstructing Debris Drift Paths With Application to the MH370 Crash」は、学術誌AGU Advancesに掲載された。本稿で紹介した追加資料とコメントはサウスフロリダ大の発表からのものだ。
(forbes.com 原文)