リーダーシップ

2023.08.27 10:00

「人間らしさ」の力、ミスを見た相手は同じ経験があると許してくれる

Getty Images

証券会社を経営する株式ブローカーの友人が、新規クライアントを獲得するために主催したイベントに、筆者を招いてくれたことがある。彼はそうした無料の昼食会を定期的に企画して、売り込みの場としていた。

食事が終わりに差しかかったころ、友人は立ち上がってスピーチを始めた。しかし不意に、上着のポケットをまさぐったり、テーブルの上をきょろきょろ見たりし始めた。メガネが見当たらないようだ。

すると、昼食会に出席していた1人がこう声をかけた。「頭の上にありますよ」と。

友人はバツの悪そうな笑みを浮かべ、頭に手をやってメガネをとった。そして、声をかけてくれた出席者に礼をいうと、スピーチを再開した。

別の友人は、ブロードウェイ劇場のマネジャーを務めていて、自社劇場でロングラン上演しているミュージカルに筆者を招待してくれた。公演の終盤、心を揺さぶられるような音楽が流れるなか、ダンサーたちが互いに腕を組んで車輪のようなかたちになり、ステージ上をぐるぐると回り始めた。

回転スピードが増すうちに、輪の外側にいたあるダンサーが帽子を落としてしまったが、そのまま踊り続けた。ぐるっと1周して元の位置に戻ったときに、落ちている帽子を手で拾い上げようとしたものの、うまくいかない。

またぐるっと1周してから、もう一度帽子に手を伸ばしたが、今度も拾うことができない。

1周しては帽子に手を伸ばすという行為を繰りかえすたびに、観客は「わー!」だの「ああ!」だのと声をあげて拍手を送った。

音楽がどんどん勢いを増して盛り上がってきたとき、そのダンサーはようやく帽子を拾い上げた。そうしてミュージカルはフィナーレを迎え、観客からは拍手喝采が起こった。

ブローカーの友人と劇場マネジャーの友人が、後で明かしてくれたところによると、どちらのハプニングも意図したものだったようだ。ブローカーの友人は、スピーチを始めるときに必ずメガネを頭の上に乗せて、失くしたふりをする。ミュージカルのダンサーは、毎回の公演で帽子を落とす。

どちらのエピソードでも、当の本人たちは、そうしたハプニングが起きると観客が大喜びすることを承知しており、あえてそうしているのだ。人間なら誰でもミスをするということを実演してみせ、観客はそれに共感する。

認知科学や比較文学の専門家で、ピューリッツァー賞と全米図書賞を受賞したことのあるダグラス・ホフスタッターも「人間らしさ」がもつ影響力をよく理解している人物だ。ホフスタッターは、人工知能(AI)と翻訳について「アトランティック」誌に寄稿した2023年7月の記事で、ChatGPTやGoogle翻訳、DeepLといったテクノロジーのすばらしさを称えながらも、その過程で人間らしさが失われていると述べている。
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翻訳=遠藤康子/ガリレオ

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