がんに次いで死因二位の心不全は、発症すると入退院を繰り返して、徐々に悪化していく完治が難しい病気だ。患者数は推計120万人とされているが、専門医不足で適切な治療を受けることができない課題が浮き彫りになりつつある。
この難問にAIとデザイン思考で挑戦するのが、Cubec(キューベック)。京都芸術大学大学院でデザイン思考を研究したCEO 奥井伸輔と、ブレインパッドなどでAI事業を成功に導いてきたCAIO 新井田信彦の二人がタッグを組むスタートアップだ。
なぜ、理系だった奥井が美術系大学院に入り直してから起業したのか。AIを活用したプログラム医療機器の普及に、デザイン思考はどう貢献するのか。ヘルステック業界のフロントランナーを目指す、奥井と新井田に聞いた。
MR時代のエゴからの解放
奥井は名古屋大学理学部卒業後、外資系製薬企業のMRとしてキャリアのスタートを切った。高収入でキャリアアップできる職場としてMRの仕事を選んだものの、真のやりがいを見いだせず、迷う日々を送っていた。転機となったのは、USに本社を置くバイオ医薬品企業アッヴィへの転職だった。そこには、ビジョンドリブンなリーダーを中心に、医師とともに患者に向き合う組織文化があった。奥井は赤ちゃんを対象にしたあるプロダクトを担当することになり、医師とともに模索するMRの活動を通して、本当に自分がやりたいことのヒントを掴んだ。
並行して、自分自身のビジョンを内省することが増えていった。そのころ夢中になって読んだのが、デザイン思考で企業のイノベーションを牽引している佐宗邦威の著書『直感と論理をつなぐ思考法』だった。
「佐宗さんの本を読んで、より自己理解・個人のミッションを強く意識するようになりました。自分を棚卸しするワークを徹底して行った結果、自分の内側から出てきたのは、最適な医療に辿り着くのは難しいという課題意識でした。
私の父は、20年近い闘病生活の末に亡くなりました。両親は病院選び・治療選択についてずっと悩んでいて、何が最適だったのか最後までわかりませんでした。患者側が適切なタイミングで受診できるか、医師に伝えるべきことを伝えられるかなど、最適な医療に辿り着くためにはいくつものハードルがあります。
また、医師側にも悩みはあります。あらゆる手段で患者を救いたい気持ちはあっても、限られた時間、環境で対応できることには限界がある。かかりつけ医が専門外の患者を診る場合、地域によっては専門医との連携が難しい場合もあるでしょう。
こうした問題を、医師と連携しながら”人々と最適な医療をつなぐ”ことで解決できないか──。出世や給与というエゴではない自分自身のミッションを見つけて、ようやくスタート地点に立てたという思いでした」