奥井が目をつけたのは、海外では実用化が増え始めている「バイオデザイン」の潮流だった。
バイオデザインは、デザイン思考を用いて医療機器のイノベーションを牽引する取り組みで、2001年にスタンフォード大学のポール・ヨック博士らにより開発された。アボット社が開発した、針を刺さずに血糖値を計測できる製品もその一例で、こうした医療機器の実用化は広がっている。
奥井は製薬会社時代、2日間の箱根合宿でデザイン思考を体験していた。この時、デザイン思考は一人ではなくチームでやってこそ威力を発揮するものだと強い実感を得た。また、プロダクト開発だけでなく、ビジョンドリブンな組織を築くことにも繋がる手応えがあった。
そこで、デザイン思考を実践、マスターできる環境に身を置こうと、京都芸術大学大学院で2021年にできた学際デザイン研究領域(Interdisciplinary Design Studies Field、以下IDS)コースに入学した。
「はらわたを出し切る」思考訓練
京都芸術大学大学院のIDSの一期生には、行政、教育、医療、弁護士、金融、メディアなど、多様なバックグラウンドを持つ学生が集合した。学際デザイン研究領域と言っても、ほとんどの学生はデザイン未経験者だ。IDSでは、座学ではなく、グループによる実践でデザイン思考を血肉にしていく。1年時には自己の内面を毎朝ジャーナリングしたり、ビジョンのスケッチを行ったりした。また、身の回りに隠れている違和感を観察する方法、インタビュー方法を実践で学んでいった。
「デザイン思考というと、観察・共感、問題定義、創造・視覚化、プロトタイプ、テストが円になったフレームワークで知られていますが、フレームワークというより思考のOSみたいなものです。実際にOSを使えるようにするためには、身体的な訓練が大切です。
たとえば、ユーザーの発言を書いたポストイット同士を結びつける作業は、ビジネスの現場でもよくやります。しかし、デザイン思考においては、この結びつけの作業一つとっても、壊しては結び、壊しては結びを繰り返します。観察したユーザーのはらわたも、考えている自分たちのはらわたも出し切るまで、徹底したちゃぶ台返しを厭いません。アイデアを出し尽くすまで、まとめない。
このプロセスをチームで行うことに大きな意味があります。言葉にできない行間の感触を共感しながら共通言語化、文脈化していく作業を通じて、問題発見から解決に向かうためのベクトルが揃い、強い力となる。ジリジリとした時間を共有することが、とても大切です」