ここでいう北東アジアとは、日本列島の北方に広がる中国東北地方や極東ロシア、シベリア、モンゴル、朝鮮半島などだ。これらの地域に古来住んでいた諸民族に共通するのがシャーマンの文化である。
中国ではこれを「薩満(サマン)」と呼ぶ。自然崇拝や祖先崇拝をベースとしたアニミズム的な世界観のなかで、民族や一族の平安のため、憑依や脱魂をともなう儀式を執り行うことで、天の神と人をつなぐ宗教的な存在である。
なかでも中国の少数民族のひとつ、清朝を興した満洲族のサマン文化は長い伝統と格式を有していたが、20世紀初頭の清朝滅亡から100数年を経たいま、消滅寸前の事態を迎えている。
背景には、中華人民共和国の建国や文化大革命、さらにその後に行われた少数民族に対する政策もあり、社会の現代化やグローバル化の時代を迎えたいま、古来受け継がれてきた信仰や儀式に加え、満洲語や満洲文字といった民族のアイデンティティに関わる文化の体系を後世に伝え、維持することが困難になっているからだ。
「天空のサマン」が撮影された背景
そのような状況のなかで、現在の満洲族のサマン文化の姿を記録に留めようとした人物がいる。映像作家でミュージシャンでもある金大偉(キン・タイイ)さんだ。金さんは中国遼寧省撫順市の生まれ。父は満洲族、母は残留孤児だった日本人で、1979年11月、13歳のときに家族と日本に移り住んだ。都内の美術大学を卒業後、在京テレビ局で情報番組などのディレクターを務める。その後フリーとなり、美術活動とともに、中国雲南省の少数民族ナシ族の象形文字「トンパ」をテーマにした音楽作品や、詩人の石牟礼道子のドキュメンタリー、アイヌをテーマにした映画などを制作してきた。
そんな彼が、先ごろ「天空のサマン」(2023年)というドキュメンタリー映画を発表した。
この作品は、ひとことで言えば、満洲族の血を引く彼が主に中国東北地方各地に住む満洲族の村を訪ね、現存するサマンや村人たちに会って話を聞き、いまや失われつつある満洲語の口語や民謡、神歌などともに、数年に一度というサマンの儀式を映像に収めたロードムービーだ。
「天空のサマン」という作品の特徴としては、きわめて音楽的であることだ。実は、彼は2015年にも「ロスト マンチュリア サマン」という同テーマの作品を発表しており、今回の作品はその完結編に当たる。
何が撮られ、どんなことが語られているかについては、作品を観ていただくしかないが、筆者にとって金さんは古い友人であり、この作品が撮られるに至った経緯を少なからず知る立場にある。
作品を理解するには、現地事情をはじめとした背景情報が必要とされると思うので、「前説」をさせていただくことにしたい。