カルチャー

2023.07.27 18:30

「もう時間がない」消滅寸前の満洲シャーマンのいまを追ったロードムービー

まず撮影場所についてだが、作品には中国東北地方の満洲族ゆかりの地や彼らの暮らす村など13カ所、そして新疆ウイグル自治区イリ・カザフ(伊犁哈薩克)自治州が登場する。日本人にはもちろん、中国の人でもほとんど知らない辺境の地が多いので、重要な場所をいくつか選んで簡単に説明したい。
中国吉林省と北朝鮮にまたがる満州族の聖地「長白山」の天池

中国吉林省と北朝鮮にまたがる満州族の聖地「長白山」の天池


まず映像にしばしば登場する吉林省延辺朝鮮族自治州にある山は、満洲族生誕の地とされる長白山だ。北朝鮮国境にまたがり、天池と呼ばれるカルデラ湖がある。この美しい湖は民族の発祥神話の舞台なのである。

また中国遼寧省撫順市郊外にある永陵とヘトゥアラ城は、清朝の前身である後金の初代皇帝ヌルハチの墓で、後者は彼が都城としていた。そして、ここは満洲語では「愛新覚羅」と呼ばれる金さんの一族が長く暮らしていた土地でもある。2004年にユネスコの世界遺産に登録されているが、作品の監督である金さんによれば、現在の姿は「テーマパークのような世界」だという。

黒龍江省チチハル市富裕県三家子村には、中国国内でほぼ唯一といっていい村人に満洲語を教える学校がある。村には若い満洲語の教師がいて、地元の子供たちに満洲語を教えているが、その継続には多くの困難があることが作中では伝えられる。中国社会で生きるためには、民族の言葉よりも漢語の能力が必要とされるからである。

映像に収められた貴重なサマンの儀式

この作品のひとつのハイライトとなるのが、2012年に金さんが訪ねた新疆ウイグル自治区イリ・カザフ(伊犁哈薩克)自治州チャプチャル・シベ(察布査爾錫伯)自治県である。ここはカザフスタン国境に近い辺域だ。

シベ族は満洲族の一支族だが、乾隆帝の治世の1764年に清国の西域にある新疆地区守備を命じられ、軍隊と合わせて数千人の家族が移住した。シベ族は満洲語の一方言であるシベ語を話し、満洲文字を使用しているという。

金さんはシベ族のサマンや満洲語で歌う歌手などに会っている。シベ族のサマン神歌は、東北の満州族のものと共通点があるなど、収穫も多かった。「私にとって不思議かつ新鮮な体験だった。同時にうれしく思った」と金さんは作中で語っている。

一方、当地の人口19万人のうちシベ語を話すのは2万人ほどだった。彼は「ネイティブな満洲語はまもなく失われるだろう。もう時間はない」と思うに至ったと述べている。

2018年には、金さんはほぼ唯一のネイティブな満洲語の話者とされる何世環さんに会いに、ロシア国境に近い黒龍江省孫呉県四季村を再訪している。彼女が話すのは満洲語の方言ではあるが、「これほど流暢に話す人はいない」と金さんは言う。その意味で「人間国宝」のような人物だそうだ。

彼女が歌う民謡は「祖母が歌ってくれた子守歌に似ていた」とも金さんは言う。ただ彼女は90歳を超えており、「これで(お会いできるのは)最後かもしれない」とも言っている。
2017年11月に黒龍江省寧安市依藍崗村で行われたサマンの儀式

2017年11月に黒龍江省寧安市依藍崗村で行われたサマンの儀式

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文=中村正人 写真=TAII Project、中村正人

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