権限委譲の真髄
では、「源流」には具体的に何が書いてあるのか。独自の成長を遂げる原動力になった権限委譲については、「権限委譲の風土と歴史、文化は、当社グループにおける最も誇るべき最強のDNA」と明記されている。ポイントは、評価と一体化している点だろう。「源流」では、権限委譲と評価を「車の両輪の関係」になぞらえて、「評価なくして権限委譲なし」と位置づけている。
「評価は、貢献利益をいかに上げたかというところに収れんさせています。細かいところを規定すると権限委譲の意味がないし、何十項目もあるとそれを足したときに実態と乖離するケースも起きてくる。最終的な貢献利益にフォーカスするから、現場は自分の責任で試行錯誤します。だから学習効果も高い。お世辞抜きで、現場の社員やメイトさんの平均値は日本の流通業で最も高い」(安田)
吉田には忘れられない記憶がある。コンサルタントだった吉田が安田に出会ったのは、2005年、オリジン東秀にTOBを仕掛けたときだった。チームのなかに入ってプロジェクトを担当して、07年に入社した。安田の懐刀である会長室長として活躍していたが、ある土曜日に突然電話がかかってきて、「権限委譲とは何か」と問われた。
「当時は『源流』ができる前でしたから、自分なりに一生懸命考えて答えました。しかし、安田はなかなかオーケーを出してくれません。30分以上同じ問答を繰り返した後、ようやく『権限委譲とはプロセスコントロールをしないこと』と教えてくれました。実はそのころ私はある案件で、法務部長に対してかなり細かい指示を出していた。それが安田の耳に入り、そのやり方ではダメだと気づかせたかったのでしょう」(吉田)
最終的なゴールだけ共有して評価の対象にして、途中のやり方は全面的に任せる。それが「源流」で説かれた権限委譲の神髄である。ただ、なかには苦戦する社員もいるに違いない。失敗が目に見えているときはどうするのか。安田はいまでも店舗を回っているが、「おかしいと気づいても何も言わない」という。
「本人にしてみれば、自分の優先順位があって、まだ手をつけてないだけかもしれません。そこに私がやってきて、『できてないじゃないか』と指摘するのがいいことなのか。私の指摘は“事実”であっても、現場にとっては“真実”ではない。表層的なことを指摘するなら、黙っていたほうがいい」(安田)むしろ安田が意識しているのは社員を誉めることだ。「源流」には、「『誉める』とは、相手がひそかに誇りをもっていることを見つけ、認めることである」と書かれている。