宇宙がつねに物質と放射線で満たされていれば、最大濃度かつ最高温度でかぎりなく小さかった時点、時間でいうなら“ゼロ”に相当し、物理法則が崩壊する時点までさかのぼることができる。方程式をどこまで適用できるか、この理論によってどこまで説明できるかに限界はなく、どこまでもさかのぼれるはずだ。
しかし、宇宙がそのような高エネルギー状態の特異点で生まれたとすれば、現在の宇宙はわたしたちが観測しているのとは正反対の状態でなければおかしい。そうではないことを示す一例として、ビッグバンの残光における温度のゆらぎが挙げられる。現在ではマイクロ波背景放射として知られるこのエネルギーは、プランクスケールで測定可能な1019 GeV(億電子ボルト)と同等の密度になるはずだ。ところが、実際の温度のゆらぎはその三万分の一程度でずっと小さいことから、宇宙が誕生したときの温度はそれほど高温ではなかったのがわかる。
実際、マイクロ波背景放射の温度のゆらぎと同じ放射線の偏光を詳細に測定すると、ビッグバンの“もっとも熱い場所”におけるエネルギーはせいぜい1015 GeV程度だったことがわかる。どこまでさかのぼり、宇宙が物質と放射線で満たされていたと推測できるかには限界があり、それ以前に高温のビッグバンを引き起こす段階があったことはまちがいない。
この段階については、マイクロ波背景放射の詳細な測定が可能になる前の1980年代に提唱されており、宇宙のインフレーション(宇宙の急激な膨張)理論として知られている。インフレーション理論では、宇宙は次のように説明される。
・かつては大量のエネルギーによって支配されていた
・そのエネルギーはダークエネルギーに似ているが、規模はさらに大きかった
・そのため、宇宙は急激に膨張した
・その結果、インフレーションの場をのぞいて宇宙は低温、低密度になった
・やがて、無限とも思える長期間に及ぶ膨張が終わり、インフレーションの場は消滅した
・そして、ほぼすべてのエネルギーが物質と放射線に変換された
こうした理由から、高温のビッグバンが起こったと考えられる。