「売れる部位は不足し売れない部位は余る」問題
それは「売れる部位は不足する一方、売れない部位は余る」という問題です。ネット上の人気投票でいつも1位と2位になるタンやハラミは、流通上は内臓肉として扱われる部位ですが、「ずっと好調でかなり不足な状態」が続いているといいます。
牛1頭から取れる量としても、舌であるタンが約1.5キロ、横隔膜であるハラミが約3~4キロ。ごくわずかです。
一方、牛1頭のと畜で得られるものには重量のかなり大きな部位もあります。たとえば、ウデは30キロ、クラシタ(肩ロース)は50キロ、バラ(お腹)は70~80キロ、モモは80キロぐらい。
なかでも卸業者がいちばん販売に苦戦しているといわれるのが「ロース」で、重量は40~50キロほど。
つまり、「もっとも重量の少ないタンやハラミが人気で、その何倍もの重量があるロースや他の部位は売れ残ってしまっている」というのが和牛業界の深刻な問題なのです。
「ロース」はなぜ売りにくい部位なのか
肉のプロたちは、1.肋骨部分の背中の肉である「リブロース」と2.リブロースにつながる背中から腰にかけての「サーロイン」の2つを合わせて「ロース」と呼んでいます。この「ロース」は赤身にきめ細かい脂のサシが入ったやわらかい肉質が特徴で、肉の濃厚な旨みと脂の甘みからなる豊かな味わいが堪能できる「牛肉の最高部位」です。
とくに「サーロイン」はステーキ肉として圧倒的に人気があり、名前の由来については、そのおいしさに感動したイギリス国王が「ロイン(腰肉)」に「サー」というナイトの称号を与えたという説もあるとか。「牛肉界の王様」とも呼ばれます。
焼肉芝浦オーナーの藤枝祐太さんもいうように、日本ではステーキハウスやすき焼き屋など、おもに高級飲食店で活躍してきました。
一方、ロースが商品としてなかなか動きにくい理由については、その価格がいちばんの理由として挙げられています。家庭消費で一般的な、ばらやももと比べると数倍の差があり、量販店では「高値感」があって需要は限定的とされてきました。
では外食店ではどうかというと、ロースのおもな販売先とされるステーキ店は和牛を扱う飲食店全体の10パーセント、すきやき・しゃぶしゃぶ店は全体の12パーセント。両方あわせても20パーセントちょっとしかありません。
このように、ロースは家庭で食べるものとしては高級品であり、外食でもロースを使うことのできる飲食店が限られていたのだと考えられます。
「ロース」を提供する焼肉店が増えている
しかし高級部位とはいえ、ロースは焼肉店がいま奪い合っている黒タンより高いわけではありません。それに昔と比べると、焼肉店でもサーロインやリブロースを提供する店が増えてきました。ステーキ店やすきやき・しゃぶしゃぶ店とはちがい、焼肉屋はある特定の部位だけを使うわけではなく、他のいろいろな部位と一緒にお客さんに食べてもらえます。さらに和牛個体のロスや仕込みにおける無駄な時間の削減など、やり方次第では高級部位でも比較的リーズナブルに提供できるのです。
あるお客さんの言葉を借りるなら、牛肉界の王様であるロースが食べられる焼肉は「手の届くごちそう」「ふだん使いできる贅沢メシ」といえるでしょう。