ジャーナリストから酒蔵の後継ぎへ
1999年に東京大学文学部を卒業すると、様々な仕事を点々としたのち、希望していた出版業界へ。出版社などでの編集を経て、フリージャーナリストとして活動していました。そんななかで、すごく美味しい日本酒に出会ったんです。同業者が集まる会でたまたま飲んだ静岡の「磯自慢」というお酒です。衝撃を受けた僕は「実家が酒蔵という縁もあるし、取材の対象として良いだろう」と考えて、日本酒を徹底的に調べ始めました。
それが面白くて。文献ではわからない部分を知るために、酒類総合研究所の研修にも参加しました。しだいに深みにはまっていき、「酒造りをちゃんとやってみたい」と強く思うようになりました。
そして東京と広島で計1年半ほど酒造りを学んだのち、2007年の冬に秋田の実家に戻りました。物書きにはいつでも戻れるだろうから、と。異業種への転職ではありましたが、「日本酒の魅力を広めるためには、記事を書くよりも魅力的なお酒を自分でつくった方が早いかもしれない」という思いもありました。
この決断、家族からは驚かれました。とうてい日本酒に興味を抱くようには思えなかったからでしょう。
当時の新政酒造は経営状態がとても悪くて、このままいけば3年ほどで債務超過になるという状況でした。まずは会社全体を立て直す必要があったため、4〜5年は会社に泊まり込みで徹底的に酒造りをしました。
その間ずっと「お客さんが喜んでくれるようなお酒はなにか」と考えていました。そこで、 「No.6 ナンバーシックス」シリーズや「陽乃鳥」、「亜麻猫」などの今までにないお酒をつくり、増やしていきました。元々はアルコール添加酒を中心としていたラインナップでしたが、3~4 年で新しい純米系の銘柄に、すべて入れ替わりました。
それが東京の飲食店などでも扱っていただけるようになり、2012年に赤字から脱却しました。
「No.6」最上級モデルのX-Type(エックスタイプ)。720mlで参考小売価格は2480円(税込)
機械を減らして「人」を増やす
僕はこれらの新しいお酒を開発するにあたって、尊敬されるようなお酒造りをしたいという思いがありました。文化的な価値が詰まっていて、日本酒の初心者でもそれがわかるようなお酒です。そういう魅力がないと、10年20年と長い間会社を支える商品にはならない。日本酒造りにおいて、目先の利益だけ求めていてはダメだということは、常に意識してきました。現に、No.6も陽乃鳥も10年以上売れ続けています。
人気銘柄のひとつ「陽乃鳥」。720mlで参考小売価格は2480円(税込)