インタビューを終えて 社会を変えるのは、「まだ生まれたての天才児」
東京工業大学の大岡山キャンパス。私たちは写真撮影を早めに終わらせ、近くのカフェで大関教授から話の続きを聞いた。内閣府の「量子未来社会ビジョン」を筆頭に、量子コンピュータという言葉をメディアでもちらほら聞くようになった。量子コンピュータの基礎となる量子力学には「量子重ね合わせ」や「量子もつれ」といった普段の私たちの感覚では「絶対に理解できないような状態」が存在している。これが面白い。
有名な思考実験である「シュレディンガーの猫」に代表される「1と0が共存している関係」とは「ある」と「ない」が完全に共生している「量子の重ね合わせ状態」だ。
私はこの先10年、20年後の社会を劇的に変えるテクノロジーのひとつは量子コンピュータだと思っている。まずは、化学式の組み合わせ最適化など「これまでできなかったことができるようになるから」だ。だが、本質的には「単位を変えるから」だと私は思う。
量子コンピュータは「量子ビット」という従来のPCとは異なる単位を使う。そして世界が根本的に変わるタイミングのひとつは、間違いなく「単位が変わるとき」である。例えば「時間」という概念は世界を変えたし、ワット、バイト、ピクセルという単位は世界を変えた。同様に、量子の世界は根本的な私たちの単位の見方を変える可能性がある。
例えば、夢というのは普通、「1つ、2つ」と数える。だが、量子力学の世界からアナロジーをかけると、その数え方は根本的に間違っているのかもしれない、と気づく。
大関教授はこう言う。「自分の夢はひとつではなく、複数語るほうがいい。まさに量子重ね合わせのように」と。
普通、将来の夢というと「ひとつに絞るべき」というイメージがあるが、そのまったく逆の状態だ。Aという夢、Bという夢、Cという夢。複数の夢が相互に重なりあって「0か1かもまだわからない状態」になる。言い換えれば、AかつBかつCかつDというのが、夢の本質であり、それらは分解して1つ2つという単位で数えられるべきものではない。こういう可能性すら感じるのだ。
何を言っているかわからない……?だとしたらそれは「量子力学」の世界を覗いていないからに違いない。
とにかく、この日私はあらためて感じた。量子コンピュータの世界は面白い。私たちが普段信じている常識が「まったく違うルール」で成り立っている。まさに「まだ生まれたての天才児」なのだ。
大関真之◎1982年、東京都生まれ。2008年東京工業大学大学院理工学研究科 物性物理学専攻 博士課程早期修了。東京工業大学産学官連携研究員、ローマ大学物理学科研究員、京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻助教を経て、東北大学大学院情報科学研究科情報基礎科学専攻教授。19年4月東北大学発のスタートアップであるシグマアイを創業。著書に『先生、それって「量子」の仕業ですか?』『機械学習入門』、共著に『量子コンピュータが人工知能を加速する』『量子コンピュータが変える未来』がある。
北野唯我◎1987年、兵庫県生まれ。作家、ワンキャリア取締役CSO。神戸大学経営学部卒業。博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。ボストンコンサルティンググループを経て、2016年、ワンキャリアに参画。子会社の代表取締役、社外IT企業の戦略顧問などを兼務し、20年1月から現職。著書『転職の思考法』『天才を殺す凡人』『内定者への手紙』ほか。近著は『仕事の教科書』。