名著から生まれたクリエイティブな酒
酒づくりのクリエイティブさとおもしろさを伝えたい。そんなhaccobaの酒づくりは、ある本から生まれた。
「かなり攻めた名著ですよ」。そう言って佐藤が見せてくれたのは、「つくる・呑む・まわる 諸国ドブロク宝典」(貝原浩・新屋楽山・笹野好太郎/農山漁村文化協会)。
ページをめくると、蔵人でもない主婦や農家たちが家庭の台所で行うさまざまなドブロクの製造方法が紹介されている。もちろん酒税法ではアウト。だが、佐藤はこうした〝家庭のドブロク文化〟のような自由さと多様さを現代のサケに取り込むことはできないかと考えた。
「つる草の一種でからはな草と呼ばれるこの花の実を使って盛んにドブロクがつくられていたという 昔からこの花は はなモト とも さけくさ とも呼ばれていた これからつくられるドブロクは、まっこと花酒と呼ぶにふさわしい(原文ママ)」
一般的にビールの原料となるホップは「西洋唐花草」と呼ばれるのに対し、佐藤によると、ここに書かれた「唐花草」とは東北地方に自生するホップのこと。佐藤はこの〝幻の花酛〟と呼ばれる唐花草を探し求め、2021年2月に処女作となる米と米麹と唐花草が原料の「試験醸造A」をリリース。クラフトビールの醸造スタイルも取り入れて、伝統と新しさを混在させて再編集した酒づくりが始まった。
「各家庭のドブロクは、ホップを入れたものとか、コメ以外の穀物を入れたものとか、それぞれの土地のもので自由に表現していて、すごくいい文化だなって。地域ごとの多様性があるという意味では、これこそ地酒なんじゃないかという感覚があります」と佐藤。
堆肥の発酵熱でドブロクをつくる人もいれば、新聞紙で濾過させて濁りの少ないドブロクをつくる人もいる。地域性と結びつきながら十人いれば十通りのレシピがあったのだ。
自問自答から生まれたプリミティブな酒
佐藤はhaccobaオープン前の「阿部酒造」(新潟県)での修行時代、これからクラフトサケをつくっていくにあたり、「今まで日本酒業界が積み上げてきた文化への冒涜にならないか」「伝統をないがしろにしてしまわないか」と自問自答していた。
日本酒文化にリスペクトを持ちながら自分の酒をつくっていくにはどうしたらいいか─。そのヒントも、この「攻めた名著」からもらった。
見出した答えは、「酒づくりが免許制になる明治時代以前の文化を現代的に解釈し直して酒をつくる」こと。〝伝統〟に立ち返っている感覚を持ちながら新しいチャレンジをしていけば、それは決して日本酒文化を無視してゼロから新しいことをやっているわけではないのだ、と。
佐藤が言う〝伝統〟とは、家庭のドブロク文化のことだけではない。実際につくった酒の中には、ビールとワインと日本酒の原料であるホップとぶどうと米を入れた酒のほか、米とホップに味噌などを入れてドイツの塩を使ったビール「ゴーゼ」を表現した酒、米とホップに燻製した稲わらを入れてスモークビール「ラオホ」を表現した酒など、国や文化を飛び越えた酒、ジャンルの境界線をなくした酒もある。
「さかのぼれば、酒って最初はジャンルなんてないままつくられていたはずで、それが徐々に『日本酒』や『ビール』というふうに細分化されていった。だからジャンルがよくわからない酒をつくっているというのは原始的といえば原始的ですよね」と佐藤は言う。