「毎朝、出勤したら、豆をひいてコーヒーを淹れるんです。コーヒーの淹れ方には、ちょっと自信あるんですよ」
ポーラ本社の社長室。この部屋の主である及川美紀は、慣れた手つきでコーヒーミルのハンドルを回しながら、ほほ笑んだ。
2020年1月、大手化粧品会社で初となる女性社長に就任。女性が多い化粧品業界においても大きな話題を呼んだ。しかし、当の本人は違和感を覚えていた。
「いまだに“女性初”が話題になる──それほど、女性にチャンスが与えられてこなかったということなんですよね。当社にも、私の前に社長になってもおかしくない女性はいたはずで、私がすごいわけじゃない。だって私、英語も話せないし、MBAも取っていない。現場に近いところでずっと頑張ってきただけ。同じような人は社内にいっぱいいたはずなのに、そういった女性の能力を生かせていなかったのは、企業の責任にほかならないと思います」
及川が入社したのは1991年。その5年前に男女雇用機会均等法が施行されていたが、女性の働く環境が十分に整備されているとは言い難かった。そんななか、ポーラでは40~50代の女性たちが、子育てをしながら管理職を務めていたという。
「おかげで私自身も、母親になっても当たり前のように働き続けてこられました。部長や役員になったときも、その扉を開けてくれた女性たちがいたから、いまの私がある。だからこそ私は、やっと開いた女性が経営者になるという扉を閉ざしてはいけない。
仮に私がこの先、うまくいかなかったとしても、それは及川の失敗であって、女性だからダメなわけではないのだと、強く言いたいんですよ。『やっぱり女性はダメ』というムードになると、後に続く女性がいなくなってしまいますから」
ポーラでは、2029年ごろまでに女性管理職の割合を50%にすることを目標としている。同社の総合職社員の男女比は半々なので、本来ならば管理職も同等になるはずだが、現在の達成度は30%ほど。
「当社では、一度目の管理職試験が30代半ばまでにあることが多いのですが、その時期の女性は、出産などライフステージの変化に直面するケースが多く、昇進をちゅうちょしてしまいがち。そのため、20代のうちからライフステージを意識しつつ、自分も将来、リーダーになるのだとイメージできる環境をつくる必要があります。
『私も期待されているのかも』と思う女性たちが増え、意識が変わっていくのは大事なこと。50%という数字を掲げる意味は、そこにあるのです」