明らかに「異質」なむき出しの住居
スキーマ建築、長坂 常の初期の代表作が「Sayama flat」だ。お題は「どこにでもある和洋折衷の部屋が並ぶ建物を、限られた予算でかっこよくしてほしい」だった。長坂はデスクトップの前から離れ、現地に乗り込み、その場で解体作業をしながら既存の図面に赤ペンでメモを入れ、計画と施工を同時進行させた。結果姿を現したのは、一枚の壁を隔てて並ぶ洋室と和室、枠だけが残された押し入れ、コンクリートがむき出しの床と壁——これまでの“住居”の概念を取り払った空間だった。「建築雑誌の編集者や不動産会社の担当者が見にきてくれましたが、みんなあまり肯定的じゃない。正直よくわからなかったんじゃないかな。販売する、世に出すという責任を持っている人たちが、これは本当にありなのか、なしなのかと葛藤して、とにかく不安そうでしたね」
そんな様子を横目にしながらも、長坂には確信めいたものが芽生えつつあった。理由はシンプルで、実際の入居者たちからの反応がよかったからである。今まで見たことのないその空間と自由度(入居者たちには塗装も含め、自由なアレンジがゆるされていた)は、主にアーティストたちを中心に歓迎された。
「それまでは自分の建築に商品がディスプレイされたりするだけで少し違和感があったのに、Sayama flatでは洗濯物が干されても、ゴミ箱が置かれても何も嫌な気持ちにならなかった。むしろそうやって完成されていくことに喜びすらあったんです」
こうした自由に使われることを許容する緊張感のない関係を、長坂は「抜き差しなる関係」と表現する。建築雑誌に掲載される写真のような完璧な状態(=抜き差しならない関係)ではなく、自由に人が暮らし、活用することを前提とする。こうした考えに至ったのはSayama flatが他人の建造物であったということにも起因するというが、長坂にとって大きな発想の転換、そしてターニングポイントとなった。
「Sayama flat以降、街にある建築を見る目が明確に変わってくるんです。今までデザインされたものにしか目が行かなかったけど、何の変哲もない倉庫に目が行ったりする。デザインの文脈からするとイケてない建物だけど、意外にいいんじゃん、と街が宝物のストックのように見えてくるんです。それは意外な発見でしたね」
上述の通り、Sayama flatはその異質さから国内では批判的な意見もあったが、海外では日の目を浴びた。ローコスト建築として、Bauhaus Award 2008 では2位を獲得。イタリアの建築雑誌「domus」でも取り上げられると、国内でも風向きが変わる。このプロジェクトは、リノベーションという言葉すら一般的でなかった当時、間違いなく日本の建築業界でセンセーショナルな作品だった。