「私のトリセツ」で在宅ケアのチームワークづくり #人工呼吸のセラピスト

連載「人工呼吸のセラピスト」

人工呼吸のセラピスト・押富俊恵さんは、小さいころから何でも自分で決めて、親に事後報告するのが流儀だった。高校卒業後、電車で1時間半かかる日本福祉大高浜専門学校へ通って作業療法士を目指すことも、一人で決めた。

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母たつ江さんが覚えているのは「作業療法士って、変わった人が多いらしいよ」と言う娘に「それならあなたに向いているね」と答えたことぐらい。高校時代に指の骨折で整形外科に通った経験が、セラピスト志望につながったようだ。やがて天職となった作業療法は、難病で体の自由を奪われた押富さんの在宅生活を高める力にもなった。

ヘルパーたちへ「私を大切に扱ってね」


「私のトリセツ」というタイトルのA4サイズ9枚のファイルが、自宅のベッドわきの書棚に残っている。在宅診療医、訪問看護師、ホームヘルパー、薬剤師、作業療法士、理学療法士たちに向けて「私を大切に扱ってね」と作った。入院中の2010年末に第1号ができて改定を重ね、残っているのは亡くなる1年前の20年春のバージョンだ。

ファイルの最初のページは「身体状況について」(写真1)。本人は「本体と部品(笑)」と記しているが、呼吸を担う気管カニューレ、薬の内服や水分補給に使う胃ろう、尿をウロバック(蓄尿袋)に流すバルールカテーテルなどの機種や働きをダイジェスト的に解説している。

人工呼吸のセラピスト「私のトリセツ」
写真1=私のトリセツ「身体状況について」

右胸の小さな傷跡は、皮下に埋め込まれた中心静脈カテーテル(CVポート)を除去した名残り。設置してわずか1カ月で、感染が起きてしまった。胸の真ん中の大きな傷は、胸腺摘出手術の跡だ。重症筋無力症の治療のために行われた手術だが、効果はなかった。左目の失明にさらりと触れているのも胸に迫る。右側の枠内は、より詳しい解説コーナーだ。

続いて「カニューレが抜けた場合の対処法」(写真2)。

人工呼吸のセラピスト「私のトリセツ」
写真2=私のトリセツ「カニューレが抜けた場合の対処法」

写真中心の構成で、アンビューバック(手動の呼吸補助具)の操作方法などを載せているが、その前に、赤字で「※絶対に気切孔を塞がないで!!」と大書きしているのが印象的だ。

喉頭分離手術をしていない気管切開なら孔を塞いでも気道で呼吸できるが、永久気管孔は肺とつながる唯一の場所。外見では両者の区別がつきにくい。病院内でも永久気管孔の患者をシャワー入浴させる際に、看護師が誤ってラップで孔を塞いで窒息を招いた事故が何度も起きている。

大勢のスタッフがかかわったり、メンバーが交代したりすると、共有されているはずのリスク情報が脱落してしまうことがある。だから、スタッフ全員が目を通す文書に目立つ形で記載することが大事だ。
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文=安藤明夫

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