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2022.12.04 08:30

東日本大震災の「風の電話」に触発された試みがアメリカで話題に


宗教への日本的で柔軟なアプローチ


日本と比べると、元来は圧倒的に信仰心の強い人が多かったアメリカであるが、近代や現代になればなるほど信仰心のある人が少なくなってきていることは紛れもない事実であり、それは都市部にとってより顕著でもある。

だからといって、亡くした家族との対話がなくなったわけではない。
時代が変わっても、事故や災害、戦争、病気、テロの犠牲などにより、家族を失った人たちの悲しみは変わることは無い。

アメリカの宗教心の薄れを、殊更に別な宗教が埋めているわけでもない。ヨガは確かにブームであり、禅は「Zen」として英単語にもなったものの、仏教やその他の伝統宗教がアメリカで広がっているとはとても言えない。

そんな時にこのワシントン州の風の電話である。このような日本風の試みがアメリカで受け入れられていくのを見るのは、電話をすっかりかけなくなったわれわれをも少しやさしい気持ちにさせる。

森のなかに設置されたダイヤル式の古い電話は、どこにつながっているわけでもないが、シアトルからクルマで約1時間の森林公園のふもとにある風の電話の利用者は絶えない。

アメリカでは、ほかにも日本の真言宗の流れをくむ教団が、ハワイ・ホノルルのアラモアナビーチで灯籠流しを開催する仏事が、州や市の協力を得て 20年を超える歴史を持つに至り、コロナ禍の前までは毎年5万人のアメリカ人を集めるイベントにまでなっている。

蝋燭をともした灯篭を海辺に浮かべて死者に語り掛けながら沖へ流す仏事を、キリスト教や他宗の信者、あるいは無神論者の人たちにも広く受け入れられるというのも、「自分の教会」の意識が強かった20世紀では考えられなかったことだ。これも現代アメリカならではの現象なのかもしれない。

灯篭流しのコンセプトはアメリカ流にアレンジされ、灯篭にはプロパンガスの熱風を送って気球の要領で夜空に飛ばし、天国の人たちと対話をするというイベントなどにも転じている。ラスベガスから約30分走った砂漠の上では毎年これが恒例行事となっている。

森の電話も海辺の灯籠流しも天国に送る気球も、「自分の教会」を持たない人たちにとっては、初参りを神社で行い、教会で結婚式を挙げ、物故しては寺院で法要を営むという日本的な宗教に対する寛容で柔軟なアプローチなのだろう。

そして、アメリカではこのようにして死者とつながろうとする意識が静かに広まっているといえるかもしれない。アメリカ人が、孫たちと一緒にキュウリやナス、または夏野菜などに割り箸を刺すような日が来るのかもしれない。

文=長野慶太

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