地域の伝統食材でイタリアン 奄美大島の塩豚でカルボナーラをつくる

イタリア料理の手法で日本の地域食材を磨き上げる手伝いをしたい、私がこうした思いをより強くしたのが、奄美大島での体験だ。

きっかけは、3年前、農泊推進事業のセミナーの仕事で生まれて初めてこの地を訪れた際、懇親会でたまたま同じテーブルに同席させていただいた元雅亮(はじめ・まさあき)さんと寿好(ひさよ)さん父娘との出会いだった。

元雅亮さんは、江戸時代からつづく大島紬の織元の7代目。家業に入り、お子さんたちが小さい頃に商売の拠点を福岡に置いて事業を拡大、30年の間、奄美大島から離れて暮らした後、地元に戻って先代から社長を引き継いだ。

しかし、それも束の間、残りの人生は故郷のために捧げたいと、社長職をさっさと息子さんに譲り、「地域振興ネットワーク協議会」という団体を立ち上げたのだ。

その後、娘の寿好さんも小さなお子さんたちと一緒に福岡から奄美大島へ戻り、父親の雅亮さんとともに、地域の人たちを巻き込みながら、日々奮闘している。

奄美の塩豚でつくるカルボナーラ


「実はね、黒豚の放牧も始めたんですよ。まだ、たった3頭ですけれど」

雅亮さんはそう言ってスマホの動画を見せてくれた。そこには艶のいい黒々とした毛並みを光らせながら、山肌を縦横無尽に駆けまわる3頭の豚の姿が。思わず私は南イタリアのカラブリア州の放牧黒豚を重ね合わせて「おいしそう!」と声をあげてしまった。


元雅亮さんと筆者

「生きた豚を見て美味しそうと言う人に初めて出会いました」

「すみません。私も生きた豚を見て美味しそうと思ったのは初めてです」

そんな会話から話がはずみ、自ずと私のイタリア家庭料理研究家としての側面も知られるところとなると、隣に座っていた寿好さんが、ふと切り出した。

「イタリア料理ではなく、イタリア家庭料理というのがいいと思います! 実は、そういう人にお願いしたかったことがあるのですが……」

寿好さんは、奄美大島の野菜や伝統食材の魅力をもっといろいろな人に知ってほしいと考えていて、そのためにも、若い世代にも馴染みやすいイタリアンで、しかも誰でもつくれる身近な家庭料理のメニューを考えてほしいというのだ。もちろん、私はふたつ返事で承諾した。


元寿好さん

年が明けて2020年の2月、再び元さん親子のもとを訪れた私は、まず、奄美大島の北から南まで、多くの地域食材の生産者さんたちに会いに出かけた。

魚のアラと海藻を堆肥にした完全無農薬で、熟する前から十分甘いミネラルたっぷりトマトをつくる達人。奄美大島の名産である「たん柑」のみならず、かつて存在していた多くの柑橘を復活させるべく原生品種の復活にとりくむオタク農家。

平野部が少なく実はサトウキビの作付け面積が少ない奄美大島にあって、採算度外視で完全無農薬にこだわる黒糖づくり名人の工房では、煮詰める前の、サトウキビをただ絞っただけの泥水にしか見えない「きび汁」を飲まされた。まるで乳製飲料のようにミルキーでほの甘いジュースの味はいまでも忘れられない。

以前、出張で来たときに、観光客や出張者向けの和食屋のコース料理で初めて食べた郷土料理の向こうに、大地と向かい合いながら、こんなにも個性的で、こんなにも誇りを持って食材を生み出している人たちがいることを知った。
次ページ > 「塩豚」でつくったカルボナーラ

文・写真=山中律子

ForbesBrandVoice

人気記事