地域の伝統食材でイタリアン 奄美大島の塩豚でカルボナーラをつくる


地域のお母さんたちとの料理会では、まず私がお母さんたちから島の料理を習い、島の食材の特性を知ったうえで、今度は私が同じ食材を使ってイタリアンを考える。

島の野草「長命草」は、前日に寿好さんと浜辺の岩肌をよじのぼり、採ってきたもの。地元ではこれを天ぷらにするらしいが、試しに生で食べると苦味と滋味のバランスが絶妙。そこで、これをジェノベーゼ風のソースにすることにした。



オイルや塩気のバランスをお母さんたちといっしょに味見しながら完成させていく。出来上がったソースは新鮮な地元のイカとタコに絡めたら、焼酎にも合うと大好評。余った分は、油そうめんに絡めてジェノベーゼ仕立てにしてみた。「天ぷらにしちゃうと気づけなかった長命草の特徴が際立ってくる」などと感想を聞いて、私も嬉しくなる。

一方、油そうめんによく使われる島の伝統野菜である「フル(葉にんにく)」は、その高い香りを生かして、港で一尾180円で手に入れた白身魚の腹に詰めアクアパッツアにしてみたら、ハーブより優しい味になった。

アクアパッツアに好都合な塩気の強いアサリのような貝は奄美大島では採れないため、代わりに特産のティラダ貝を使ったら、逆にその甘みが生きて、まろやかな出汁が効いたアクアパッツアが完成。島の素材だけを使うと不思議と調和を乱すものが1つもない。

お座敷の大きな座卓が、「島料理」と「奄美イタリアン」で埋め尽くされる頃にはお父さんたちも集まって、「あにい」「あねえ」と大宴会となった。

奄美イタリアンのなかでも最も喜んでいただいたのは、「塩豚」でつくったカルボナーラだ。塩豚とは、奄美大島の伝統食材で、塩漬けにした豚肉を「高倉」と呼ばれる奄美式高床式倉庫に吊るしてつくる保存食。



お母さんたちは、これを丁寧に茹でて時間をかけて塩抜きしたあと、いりこだしで煮た大根やツワブキと一緒に含め煮にし、美味しい奄美大島のおふくろの味「ウワンフネヤセ」にする。

「あれ、これ、以前出張のとき郷土料理屋さんで食べた料理だ」と、ここで初めて気づいた。思うに、料理になってしまうと豚の「塩豚」としての存在感はすっかりかき消されていて、おいしい普通の豚肉という記憶しかなかったのだ。

しかし、一度茹でただけではなかなか抜けないほど塩気がつよい塩豚の「負」の要素こそ、実は大いなる個性なのではないか。ふと、それってつまり、イタリアにおける生ハムやパンチェッタの類と同じではないか。そう思ったら、塩豚で急にカルボナーラがつくりたくなった。

塩抜きは最低限におさえ、スライスしたあとフライパンでよく炒め、胡椒をたっぷり効かせた卵黄とチーズで和える。グアンチャーレ(豚の頬肉を塩漬けにして熟成させたもの)でつくる本場のカルボナーラではないけれど、塩豚だからこそなせるひと品になった。



「えー!お父さん、まだ食べるの?」とお母さんたちがびっくりするほど、パスタなど食べたことがないという長老75歳の「あにい」が、なんと3回もお代わりしてくれた。

奄美大島のブランド黒豚をつくる


「やっぱり塩豚は可能性がありそうですね。私はこの塩豚を、島本来の豚でつくりたいんです」そう語り出すと、父親の雅亮さんの目は急にキラキラし始めた。

実は、奄美大島では、かつては各世帯で豚を飼っていて、1年に1度豚を潰し、翌年までの1年分を食い繋ぐための保存食として塩豚をつくっていたという。雅亮さんが島を離れる昭和50年から60年代までは、種豚が島の集落を順番に訪れて1軒1軒「種付け」をして回っていたのだそうだ。

「竹竿で豚のお尻を叩いてね。トンネルもない時代、山を越えてまた次の集落へと種付けに行くわけです。すごいでしょう」と雅亮さんは当時をそう振り返る。
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文・写真=山中律子

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