「人件費を1割増やすと5年後のPBR(株価純資産倍率)は13.8%上がる」「研究開発費を1割増やすと10年超でPBRが8.2%拡大する」「女性管理職比率を1割改善すると7年後のPBRが2.4%上がる」──。
エーザイ・元最高財務責任者(CFO)の柳良平は、ESG(環境、社会、ガバナンス)と企業価値の関連性を、目に見えるかたち(定量的)で示す評価方法「柳モデル」の実践、および実証研究を行ってきた。柳が行った実証研究では、エーザイのESGに関する重要業績評価指標(KPI)88項目について、それぞれ過去にさかのぼり、計1088件のデータと、過去28年分のPBRの相関関係を統計学的な手法で分析。それにより、冒頭の結果が得られたという。
これらは、エーザイのESGのKPIが各々、5年から10年の遅延浸透効果で企業価値500億円から3000億円レベルを創出することを示唆しているという(出典:『CFOポリシー第2版』21年、中央経済社)。「ESGやインパクトは『きれいごと』としてとらえられ、定性的で情緒的な開示が多かった。エーザイにおいて、ESGと企業価値との関係性を世界初の重回帰分析で証明したことが重要だ」と柳は話す。そして次のように指摘する。
「日本企業ほど ESG、SDGsの潜在価値の高い企業はない。にもかかわらず、企業価値は過小評価されている。財務諸表に表れてこない価値を『見える化』し、投資家と対話できれば、少なくても、日本企業のPBRは、いまの平均1倍前後から先進国並みの2倍程度に引き上げられる」
PBRは、企業価値を表す主要な評価指標のひとつで、値が大きいほど、純資産の会計上の価値(簿価)に比べて、市場からの評価(株価)が高いと言える。反対に、値が小さければ、市場からの評価は低いということだ。柳氏は次のように解説する。
「PBR1倍なら、純資産の会計上の価値と株価がイコール、つまり、その会社の純資産の簿価が、株価にそのまま反映されていると言える。そう考えると、1倍を超えた部分は、財務諸表からは読み取れない付加価値、つまり、人的資本や知的資本、製造資本、ESG、社会的インパクトといった非財務的な資産がもたらす価値だととらえることができる」
日本企業のPBRは主要な先進国に比べて低い状態が続いてきた。過去の推移を見ると、米国の4倍前後、英国の2倍前後に対し、日本は1倍余りにとどまる。「原因は、企業側の情報開示や説明の不足、投資家側の理解不足。『柳モデル』を通して、この両者のギャップを埋めることに光があると考えている」