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2022.11.05 11:00

プロ野球監督、野村克也さん|私が尊敬するカリスマ経営者

Forbes JAPAN編集部

一方、守備では、相手打者の癖からどんなボールに反応するのか、打球が飛んだ方向の傾向なども示して見せた。「だから、守備位置はこういうふうに変更すれば、アウトを取れる確率が格段に増えるんだ」といった具合に、一事が万事、蓄積したデータを示しながら、野村流を浸透させていった。

また、大胆に選手の配置を換えた。企業でいえば人事戦略になるだろうか。正捕手をしていた者を外野手に。控えの選手を外野手に。野球の要ともいうべき捕手に、ドラフトで取ったばかりの選手を据え、球界をアッと言わせた。

球団上層部はもちろん、野村側近のコーチさえも戸惑っていた。野球評論家らは、野村の采配を「素人監督」とせせら笑った。

けれども、野村には自信があった。控えでくすぶっている選手には、くすぶる理由がある。そのポジションで成果を出せないのは、出せない理由があるからだ。その理由を吟味し、選手の特徴を見極めれば、おのずと答えは出てくるものなのだ。

勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし──。野村が座右の銘のように好んで使った言葉である。

現役時代、野村は偉大な選手だった。26年間の選手生活は輝いていた。日本プロ野球で戦後初、パ・リーグとしても初の三冠王を達成し、9度のホームラン王に輝き、打点王は7回、最優秀選手には5回も選ばれている。まさに記憶にも記録にも残る、稀有な選手だった。

だが、周辺の評価とは裏腹に、野村は、別の風景を見ていた。それは、野球のすべてには必然がある、というものだ。

これを理解した野村は、投手が投げた一球、打者が打った一球、野手が押さえた一球など、それぞれの必然性を、データというかたちで“見える化”した。そしてそれを選手らに示し、納得させた。

往年の読売ジャイアンツに代表されるような、スター選手やホームランバッターをズラリと揃えるようなチームでは、野村は輝けなかった。逆に言うと、野村自身が「スーパースターじゃないから伸びしろがある」と語るように、“普通の選手”の育成に生きがいを感じていたのだ。

その一球に根拠はあるのか?


数々の名選手を育て上げた野村だが、育成の際に重視するキーワードがあった。「根拠」だ。

試合でミスをした選手は、野村に呼ばれてその理由を聞かれる。「根拠は何か?」「根拠を示せ」と。問われた選手らは、自らの行為を客観視し、それを言語化しなければならなかった。その繰り返しを通じて、選手らは、野球を分析するようになる。こうしていつの間にか、野村が唱える“野球の必然”を考えるようになっていった。

野村は、野球の行為すべてに必然を見ようとしていた。その意味で、野村は、野球に魅せられた“求道者”だったのかもしれない。
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文=児玉 博、イラストレーション=ポール・ライディング

この記事は 「Forbes JAPAN No.097 2022年9月号(2022/7/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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