紫金城の先代オーナーシェフの出身地は韓国慶尚北道の安東だが、彼は韓国人ではなく、戦前に山東省から韓国の仁川に渡ってきた中国人の父を持つ人物だ。一家は彼が10代のとき、アメリカに渡った。その後、日本に来て、中国遼寧省瀋陽出身の女性と出会い、結婚してこの店を今里で始めた。
先代オーナーシェフの人生は、まるで中国由来の炸醤麺が韓国で現地化してチャジャンミョンに生まれ変わり、日本にもたらされたプロセスと重なっていて、感慨深い。さらに、同店で唯一の日本人として店長を務める山本光一氏によれば、こんな由来も加わる。
「亡き先代は韓国華僑の家に生まれ、両親は中華料理店を営んでいました。その後チャンスを求めてアメリカに移住。そこで彼は韓国中華とアメリカンチャイニーズの二刀流の使い手となったのです」
アメリカンチャイニーズといえば、たとえば、渋谷のミヤシタパークにある米国系中華チェーン「パンダエクスプレス」で提供しているような、いかにもアメリカ人好みの甘酸っぱいソースを使ったボリュームたっぷりのオレンジチキンやブロッコリービーフに焼きそばやチャーハンが付くセットメニューが頭に浮かぶ。同チェーンは1983年にカリフォルニア州で1号店を出店して以来、北米を中心に約2000店舗、日本でも9店舗を展開している。
店内にはさまざまな言語が飛び交う
しかし紫金城にはさらに興味深いエピソードがある。一般にコリアタウンとして知られる今里にあるこの店の現在の客層の多数派がベトナム人であるということだ。しかも、ここ10数年のうちに、客層が韓国人、中国人、そしてベトナム人へと移り変わってきたのだという。いったい何が起きていたというのだろう。
大阪市生野区の「紫金城」のある通りには「ガチ中華」や韓国料理、ベトナム料理の店が並ぶ
2011年から紫金城で働き、今里や同店の変遷を見つめてきた前出の山本店長の話を紹介したい。
「紫金城の客層はこの今里の街の景色とともに変化してきました。私が客としてこの店に通い始めた2000年代半ば頃までは、圧倒的に韓国人が多く、中国人は少数だったと思います。
それから5年後の2010年代になると、中国人と韓国人の比率が変わりました。60%が中国人、35%が韓国人、残りの5%が日本人に。その頃からインバウンドブームが始まり、大阪で見かける外国人観光客の半分以上が中国人といわれるようになったりしたのも関係しています。
ところが、コロナ禍となり、インバウンドブームも停滞せざるを得ない状況となったことで、大阪の中国人社会のバブルは吹き飛ばされた感がありました。
それに代わって活気づいてきたのはベトナム人でした。最近、今里で見られるのは、もともと中国人がやっていたテナントの後にベトナム人の店が入る光景です。現在の紫金城の客層は55%がベトナム人、30%が中国人、10%が韓国人、5%が日本人くらいだと思います」
壁に貼られた料理写真の隣のテレビでは阪神タイガース、そして客はベトナムの若者たち
今日、日本に在住する外国人数のトップは中国人だが、2番目はベトナム人だ。しかも、圧倒的に若い世代が多い。彼らは技能実習生として来日するケースも多いが、就学生として来日して、日本語学校に通い、専門学校や大学などを卒業して社会に出る人たちもいる。
21世紀以降、中国から来日した人たちが世代替わりし、高学歴化していることと相まって、少子高齢化が進んだ日本社会の底辺をベトナム人が下支えしている面がある。