ビジネス

2022.12.09

人的資本経営時代の企業の新たな役割「人材価値を循環させる」

photo by Gettyimages / Yoshiyoshi Hirokawa


「人材価値の循環」は、新たな企業の役割


企業による「人材価値の循環」は、経済的観点に加えて社会的観点でも意味を持ちます。「ステークホルダー資本主義」では、企業は社会から人的資本を預かる受託者と見なされます。人的資本は社会全体で大切に育み活かし切るものであり、企業はそのキープレーヤーです。

特に労働力人口の減少が進む日本では、いかに社会視点を持って人的資本への投資に取り組んでいくかが、極めて重要な課題です。企業は「社会の公器」とも言われます。社会の公器たる企業の現代的な社会的責任は何か。この点を検討することが課題解決に向けて必要ではないでしょうか。

いわゆる日本的雇用慣行においては「雇用の保障」が企業の社会的責任でした。代表的には、終身雇用や年功序列といった雇用慣行が該当します。しかし今、この日本的雇用慣行に揺らぎが起きています。企業は終身雇用を維持することが難しくなっており、一方で働く人の価値観も多様化しています。


▼働く人の視点───変化対応力を高める───


今後、私たちが生き生きと働き続けるためには、どのような能力が必要とされるでしょうか。私は、個人のキャリア形成においても「変化対応力」がキーワードだと考えています。具体的には、働く人が環境の変化を受け止め、周囲と協働して主体的に挑戦・試行することです。 

人生100年時代、職業人生がより長くなる中で、働く人々は成果を出すためのスキルや他者との協働方法を何度も革新していく必要があります。これからは、働く人それぞれが主体的に変わり、自律・自走してスキルを獲得していくことがキャリア形成にとって極めて重要になります。

もしも、何年も自分自身のスキルや経験に変化がないのであれば、危機感を持たなくてはなりません。会社から「リスキリング」などと言われる前に、現時点の自分の置かれている状況やスキルを見つめ直し、アンラーニングや自己革新を図る必要があります。

ただし、自分ひとりで抱え込みすぎないこともまたポイントです。企業にとっても人的資本投資や、従業員の自律的なキャリア形成は重要なテーマなのですから、企業や職場と一緒になって考えていけばいいのではないでしょうか。スキル開発にしてもキャリア形成にしても、過度に自分だけの責任と考えるのではなく、積極的に周囲にフィードバックを得て、自分自身の特徴やありたい姿を知っていくこと。まずはここから始めてみてはどうでしょうか。



私は、現代における企業の社会的責任は、「雇用責任」から「人材価値責任」へと変わっていくと考えています。当然ながら雇用責任は変わらず重要で、一定の雇用の保証があるからこそ、従業員は安心して仕事に取り組むことができます。しかしそれ以上に重要性を増してくるのが人材価値責任であると考えています。人材価値責任とは、従業員が「どこへ行ってもパフォーマンスを発揮できる人材」に成長することを願い、機会を与え、鍛え続けることだと考えています。

「人材価値の循環」は、単に副業やアルムナイなどの制度を導入することではありません。常日頃から従業員の変化対応力を高め、企業の中であろうと外であろうと活躍できるように働きかけることなのです。雇用の安定と働きやすい職場環境の提供だけに留まらず、働く人が自ら学び、自律的に変化していけるよう促す。その結果として、一人ひとりが、「自分はどこにいってもやっていける」という確かな自信を持つようにすることが、ひいては社会全体での人材価値の循環につながるのです。

以上、3回にわたって人的資本経営についてお伝えしてきました。

このテーマは「人的資本の情報開示」がトピックスとして先行している印象を受けます。ただし、人的資本経営に関する議論が情報開示のみに終始してしまっては、非常にもったいないと感じています。

人的資本経営の本質は、あらゆる人を卓越した存在に変えるような組織文化をつくり、働く一人ひとりを活性化させ、そのエネルギーを企業の中長期的な価値向上につなげることにあります。

世界的な人的資本の重要性の高まりをきっかけに、改めて人材に関心を持ち、モノマネではない自分たちらしい人的資本経営を追求すべきでしょう。


【寄稿3回連載】人的資本は心を持つ資本

#1:人的資本へ注力と言われても・・・人の力を開放する必須の着想
#2:人的資本経営を前進させる両輪。戦略と熱量のある情報公開とは
#3:本記事


津田 郁◎リクルート HR エージェント Division リサーチグループ マネジャー/研究員。2011年リクルート海外法人(中国)入社。 グローバル採用事業『WORK IN JAPAN』のマネジャー、 リクルートワークス研究所研究員などを経て21年より現職。 現在は労働市場に関するリサーチ業務に従事。 専門領域は組織行動学・人材マネジメントなどの組織論全般。 経営学修士。

寄稿=津田 郁(リクルート)

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