「超」が付くほど几帳面な牧本には、「おみおくり」に関して彼なりのルールがある。参列者が彼1人だけでも葬儀は絶対に行う。警察に身寄りがないと言われても探し出す。納骨は遺族が現れるまで待つ。そのため、彼の席は白い布で包まれた遺骨で溢れている。
(C)2022 映画『アイ・アム まきもと』製作委員会
「アイ・アム まきもと」では、そんな周囲には迷惑な男が巻き起こすヒューマンストーリーが描かれる。牧本のコミカルな挙動に笑いを誘われているうちに、彼の死者に対する真摯な姿勢に心を奪われ、最後には生きるとは何かということにまで思いが至る奇跡の物語だ。
日本では2015年に公開されたウベルト・パゾリーニ監督の「おみおくりの作法」(原題「Still Life」)をベースに、主人公を牧本壮というユーモラスなキャラクターにブロウアップして、この国が直面する「孤独死」という問題にもアプローチ。面白くて、やがて考えさせられる作品ともなっている。
主人公はミニマルな部屋に住む48歳独身
市役所のおみおくり係の牧本壮(阿部サダヲ)は、自ら決めたルールを守りながらマイペースで仕事を進めるタイプ。48歳独身の彼は、帰宅してからもミニマルな部屋で暮らし、毎日同じように食事を摂り、金魚に餌を与える。日課としているのは、自分がおみおくりした人の写真をアルバムに貼っていくことだった。
ある日、彼のところに、身寄りのない老人・蕪木孝一郎(宇崎竜童)の死の知らせが届く。住所は、牧本が住む市営団地の向かいの棟だった。蕪木の部屋に入ると、荒れ果てた部屋に1人の少女の写真を見つける。
実は、仕事の合理化を進める新任の福祉局長から、非効率な「おみおくり係」は廃止すると宣言されていた牧本は、蕪木老人のケースが自分の最後の仕事になると考えていた。牧本は蕪木の娘だと思われる写真の少女を探すため、また葬儀に1人でも多くの参列者を集めるため、遺品の携帯電話に残された唯一の連絡先を訪れるのだった。
(C)2022 映画『アイ・アム まきもと』製作委員会
作品の前半は周囲と歯車が噛み合わない牧本のユーモラスな振る舞いにフォーカスされているが、身近な場所に住んでいた蕪木の死に遭遇してからは、彼の「人探し」の道行きが中心となって描かれていく。そこから浮かび上がってくる複雑な人間模様と牧本の思いもかけない行動が、作品にさらに深いテーマを刻んでいく。