僕の小説執筆は徹底的に資料を読み込むところからスタートする

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カースト制度について一歩踏み込んで理解しようとすれば、田辺明生氏の著作か論文を読むべきだと専門家からアドバイスされ、「カーストと平等性」という分厚い本を手に入れて、読むには読んだ。

なんとなく田辺氏がカースト制度を擁護しようとしていることはわかったけれど、しかしその拠り所となっている理論をはっきり掴めたわけではなかった。この本で示されたあまりに膨大な範例に惑わされ、見えにくくなっているようにも感じた。

もっと簡潔な論文のほうがわかりやすいのではないかと思って探していたところ、「宗教と公共空間」(島薗進/磯前順一編 東京大学出版会)に収められた「現代インドにおける宗教と公共圏」という論文を見つけた。一読して「これだな」と思った。その趣旨をはっきり理解できたわけではないのにそう思ったのは、これはもう勘だろう。

そして僕はこの論文を理解できれば、田辺氏がカースト制度を擁護しようとする姿勢の背後にあるものを掴めるのではないかと思った。そしてまず、その論文を、頭からお尻まですべてタイプして書き写した。もう一度自分の手で書くことによってその難解な文章が自分の頭になじむようにしようと目論んだのである。

そしてそのうえで、どう考えてもこう書いたほうが分かりやすいだろうと思われる、学者ならではの難渋な箇所は、やさしい言葉に移し直し、それをまたなんども読んだ。そうこうしているうちに、なんと面妖なと思えた論文の筋がおぼろげながらも見えてきた。

しかし、自分がきちんと理解できているかどうかは不安だった。そこで、映画ファンとして、個人的につき合いのあった日本女子大学准教授の近藤光博氏(宗教学 ヒンドゥーナショナリズムの研究)を尋ね、「僕はこういう風に読んだのですが、この理解で合っていますか」と訊ねて、「大丈夫でしょう」という回答をもらった次第である。

結局、僕は田辺明生氏の意見には、膨大な知識を有する人の見解ならではの凄みを感じたものの、やはり賛成しかねると思い、それを小説にも反映した。

脳科学者の茂木健一郎氏によると、朝の3時間は脳がもっとも活性化するゴールデンタイムだという。ここひと月ほど僕は、床を離れてすぐの2時間を中国哲学や東洋思想の勉強に当てている。僕の実質的なデビュー作である「エアー2.0」の続編となる「エアー3.0」の構想のために。

文=榎本憲男

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