この素材は原子1つ分の厚さで宇宙で最も薄く、これまで測定されたあらゆる素材の中で最も強固だ。また、導電性や熱伝導性があるが、光学上は透明でガスは浸透できない。
世界の優秀な科学者らがこうした素材を見つけられなかったことを知るあなたは、これまでの科学者らの研究に続き、他には目もくれず多くの人が歩んできた道を機械的に歩むだろうか? それとも、以前は知られていなかったつながりを求めて異なる考え方をし、複数の分野を網羅しながらこれまで多くの人が選ばなかった道を取るだろうか?
私たちは幸いなことに、最善のアプローチがどれかを知っている。先に述べた驚異の物質はグラフェンと呼ばれ、実際に存在するものだ。この発見を率いてノーベル物理学賞を受賞したアンドレ・ガイムは、創造的な物理学者として一目置かれている。
ガイム博士は、グラファイト(黒鉛)に由来する原子1つ分の厚さの驚異の素材「グラフェン」をただ単に発見しただけではない。博士はグラフェンの非常に珍しい特性や、(おそらくさらに重要なこととして)他にもさまざまな同様の素材を発見した。
しかし、ここで疑問が浮かぶ。ガイム博士は、他の人には成し得なかった発見をどのように成し遂げたのだろう? これは単なる運だったのだろうか?
ガイム博士の成功と運を引き寄せる能力の大部分は水平思考によるものだ。ガイム博士は筆者に対し「私には非常に多様な経歴があり、異なる科学的環境に身を置いてきた。そのため私は、分野を渡り歩くことを好んでいる」と語った。
「複数の分野を渡り歩けば、一つの考え方にとらわれない。そうして他の分野の知識をおのずと活用できるようになる。この経歴や知識が時に非常に大きな変化をもたらす」(ガイム)
ガイム博士は多様な経験や分野横断的な傾向に加え、金曜の夜に実験を重ねている。彼は「金曜の実験は有償で行うものではなく、仕事中に行うべきではないような好奇心に基づく研究だ。思い付きで行うシンプルなもので、少し変わっているかもしれない。あるいはばかげているとさえ言える」と説明した。
こうした実験を通し、グラファイトのあまり理解されていない電子特性について考えていたガイム博士は、熱分解黒鉛の板を磨いてグラファイトの薄い膜を作るよう博士課程の学生に指示した。数カ月後にでき上がったのは、厚過ぎるグラファイトの小さなくずだった。
ガイム博士が「山を磨いて1粒の砂を得た」とこの学生をからかっていると、同僚がグラファイトの薄片が付着したセロテープを持って歩み寄ってきた。グラファイトの準備の際にテープを用いて最上層を取り除くことは、研究室で一般的に行われている手法だ。そのテープはもちろんその後、処分される。