EY Entrepreneur
Of The Year™ 2022
Finalist Interview
Finalist
Interview
アントレプレナーたちの熱源
ウェルネット
代表取締役社長
宮澤 一洋
#01
北海道札幌市は豊平川が形成する扇状地上に発展した大都市だ。豊平川の伏流水が湧き出す泉には、ビール工場や醸造所が築かれ、文字通り、札幌の産業の源となった歴史がある。秋には鮭が遡上する、豊平川に程近い札幌市中央区に、ウェルネットは東京から本社を移転。2021年秋に新社屋が完成した。新本社の開発コンセプトは、約150名のスタッフが集う「ひとつ屋根の下」だ。
ウェルネットは、当時の親会社向けに、ガス料金を24時間コンビニエンスストアで支払える決済サービスのアプリケーション開発からスタートした。その後、DX化によるクラウドサービスによる、スマートフォンを使う請求・決済の電子化を進め、航空機チケットのQR化や、近年はコンビニでバスチケットを発券する日本初のサービスなどを手がけた。スマホで交通機関を一括利用するMaaS(Mobility as a Service)の社会実装にも取り組む。
WELL認証の
最高ランクを取得した新社屋
「ウェルネットはもともとは札幌にあった燃料会社の新規事業開発専門の子会社で、設立当初、事業に必要なサーバーは北海道からの支援金で調達したものでした。今回の本社移転では、道庁や札幌市、産業界の方々から『稚魚だった鮭が大きくなって帰ってきた』と歓迎いただきうれしかったですね」と同社代表取締役社長の宮澤一洋は語る。
新社屋エントランスホールには「WELL認証(WELL Building Standard)」最高ランク取得を示すプレートが掲げられている。WELL認証とは、空間の物理的なデザインや性能に「人々の健康」の視点の評価を加え、ステークホルダーのウェルビーイングに関わる医学的、科学的な機能を評価する先進的な認証システム。最高ランクのプラチナ評価は北海道の建築物では初めてで、国内でもまだ数例しかない。
「製造業は不動産や設備への投資が求められますが、ICT系の事業は制作も発想するのもすべて人。人こそ資産であり、最高の労働環境こそ投資すべき対象なんです。働きたいと思うオフィス、それが設計要件の最重要事項でした」と宮澤。WELL認証はその理念が具現化した証左でもある。ちなみに新社屋移転後の社員の平均残業時間は月13時間程度という。
広大な北海道にこそDXは求められる
ではなぜ、宮澤は本社を東京から札幌に戻そうと考えたのか。
「東京は確かに利点も多いが、アイデアを醸成し発酵させる時間を待たず次々に情報が押し寄せる印象がある。改めて考えると、私たちのビジネスモデルは、札幌で構想したものがほとんどで、東京で新規事業の椅子取りゲームに巻き込まれるより、札幌にいるほうが余裕をもって創造的な仕事ができると考え、移転を決意しました」
実際、札幌に帰ってみるとメリットは意外に多かった。札幌の経済界はコンパクトで人と人との距離が近い。だから会いたい人にはすぐ会うことができた。情報収集が非常に効率的でビジネスのストーリーが組み立てやすく、札幌の状況を見ているとその先に日本全国が見えてくる。さらに、不動産のコストパフォーマンスが良く住環境は圧倒的に優れている。「ビジネス面だけでなく、北海道は余計なプレッシャーがないためか、みんなニコニコしているし、ジェンダーを意識しない堅苦しくない人間関係も心地よい」と宮澤は笑って語る。
北海道に拠点を移したもうひとつの理由は、同社が理想とするユニバーサルサービスによる人々や地域への貢献だ。余裕ある広々とした環境で、都市のように便利に暮らしたいと思う人は少なくない。
「人口集積地の東京などは、人口相応のトラフィックがあるからSuicaのようなサービスにも投資できますが、人口が少ないエリアでは難しい。しかし通信速度は同じで、速度はどんどん速くなる。当社が取り組むDXによるユニバーサルサービスはトラフィックが少ない地域に求められるもの。札幌圏以外は人口密度が低く人がまばらな北海道こそ、ユニバーサルサービスが大きな役割を果たすことができるはずです」
経済的困窮によるドロップアウトがない専門教育環境を
宮澤の地域への貢献という考えは、北海道で次代の人材を育てる奨学金プロジェクトの創設にもつながった。北海道新聞社会福祉振興基金とともに運営する「道新ウェルネット奨学金」だ。
北海道には4校の国立高等専門学校がある。
「人材採用のため高専を訪ねてみると、そこには深刻な課題があった。北海道は離婚率が高くシングルペアレントの学生が多い。なかにはアルバイトに忙しく結果的に退学してしまう者が少なくなかった。そうした学生のための奨学金を創設し、この2年間で経済的困窮を理由に退学する学生はゼロになりました」
教育の現場からは、優秀な学生向けの奨学金ではなく、ドロップアウト寸前の学生へのスカラシップは前代未聞と驚かれたが、宮澤には確信があった。
「いわゆる日本の優等生たちは『日本をつくることができなかった』と私は思う。パラダイムを変えないと駄目なんですよ。私は新規事業の発想は属人的で直感的なものだと思っている。うまくいくかどうか、理屈でわからないからベンチャーなわけで、成功する未来が見えているなら大手が始めている。自分の発想やアイデアに怯まずに進むことができる。だから、理詰めで考えすぎる日本の優等生はベンチャーに向いてないと思うんですよ。とにかくまずやってみる。私たちのビジネスモデルにも、コンビニ業界の仕組みを知らなかったから発想できたこともありますから」
ベンチャーは常に岐路を迫られている。社会や市場の動向に対し、基本的に条件反射で対応せざるを得ないケースが多く、しかも、選ぶ道を誤ると致命的だと宮澤は振り返る。
「最初は大きなポリシーをもって大局的にビジネスに取り組むというより、いまできることだけを見据えて勇気をもって前進することで延命してきたように思う」
社内では会社が何をやろうとしているのかわからないという声もあり、月例で、会社がいま、何に投資しているのかを社員に公開する場を設けて方向性を示し、同時に新規事業のためのクリエイティビティを刺激してきた。
「自慢にならないが、社内でもっとも損失を出してきたのも自分なので、新規事業に取り組む社員は気が楽だろうなと思いますよ(笑)。持続的に新しいサービスを生み出し続けることがこれからのテーマ。当社の存在意義は、あったら便利な仕組みをつくり続けることで社会の発展に貢献すること。そして、自身の可能性を試したいという積極的な意思をもつ社員に、それを試すフィールドを提供すること」
社員だけのチームの発想から生まれた新プロジェクトが間もなくローンチする予定だ。支流がやがて本流になるかもしれない。
宮澤一洋
1960年、長野県生まれ。83年、明治大学政治経済学部卒業。96年に札幌市に本社を置くLPガス・灯油など燃料を販売する企業である一髙たかはし(現・いちたかガスワン)へ新規事業開発担当として入社。事業開発子会社(ウェルネット)へ異動後、コンビニ決済サービス開発に携わる。2009 年に同社代表取締役社長就任。
ウェルネット
札幌本社/北海道札幌市中央区大通東10丁目11番地4
URL/https://www.wellnet.co.jp/index.html
従業員/125名(2022年6月末現在)
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