ビジネス

2022.08.29 16:30

パタゴニア創業者兼会長、イヴォン・シュイナードさん|私が尊敬するカリスマ経営者


パタゴニアの前身である「シュイナード・イクイップメント」が産声をあげたのは1966年。食肉加工場跡を作業場に、クライミング道具の製造を始めたことがきっかけだった。

当時、登攀に欠かせないピトン(クライミングの際に岩壁に打ち込むボルト)の多くは軟鉄製で、一度岩に打ち込むと引き抜く際にもげて使いものにならなかった。シュイナードは合金鋼を使って耐久性を高め、再利用が可能なピトンとして売り出したところ、評判を呼び、瞬く間に人気の商品になった。

クライマーたちの熱烈な支持を受け、70年には、シュイナード・イクイップメントは米国最大のクライミング用具メーカーへと成長を果たすが、この道具が思わぬかたちで環境を破壊していることが発覚する。クライマーが何度も岩壁にピトンを打ち込んだ結果、岩肌が修復不能なほどに傷つけられたのである。

その現実を知り、シュイナードは大きなショックを受ける。「自然を破壊してまでビジネスを続けることに、会社の存在意義はない」

シュイナードは72年までにピトンの製造から全面撤退する。損失を穴埋めする施策の一つとして、73年に衣料品事業を立ち上げた。このときにブランド名として採用したのが「パタゴニア」だった。

以降、シュイナードの事業家としての考え方は大きく変わっていく。当初は「最高の製品をつくること」に心血を注いでいたが、環境破壊の実情を知るにつれて、次第に関心が「地球を救うために何ができるか」という点に移っていった。

企業としてのパタゴニアは、堅調な成長を続けた。1980年代から90年にかけ、売上高は2,000万ドルから1億ドルへと急増した。しかし、成長するほど、シュイナードの悩みは深まった。

「経営の持続可能性など不可能だ」

事業を拡大すればするほど、地球資源を蝕んでいく─。90年代に入ると、パタゴニアは地球を救うことを明確な存在意義に定めた。そして「ビジネスを手段にして環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」というミッションを、さらに加速させていく。

語っているばかりでは何も変わらない。大切なのは常に、行動で示すことだとシュイナードは言う。米国では初めて通販カタログに再生紙を採用し、96年には世界で初めて、コットン衣料をすべて有機栽培のものに切り替えた。2025年までには、石油製品の使用をゼロにする計画だ。

社外でも積極的な環境保護活動を展開した。2002年に設立した「1% For The Planet (地球のための1%)」は、売上高の1%以上を寄付する団体だ。20年経った現在も活動は続いており、これまでに総額2億5,000万ドル以上を支援した。

まだできることはある、とシュイナードは言う。「私たちは地球を汚染する者である。大切なのは、私たち自身がこの事実をまず認識することだ」

企業により多くのモノを、安く使い捨てにできるよう促しているのは他ならぬ自分たちだ。誰もが当事者であるという意識をみながもてば、世界は変えられる。その本質は、企業経営にもそのまま当てはまる。現実を認識し、正しいアクションを取るために、現場に足を運び続ける。圧倒的な当事者意識をもつ83歳は、いまもそれを行動で示している。
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文=蛯谷 敏 イラストレーション=ルーク・ウォーラー

この記事は 「Forbes JAPAN No.095 2022年月7号(2022/5/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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