ビジネス

2022.09.13

ブルーボトル日本展開の裏側 根強いファンはなぜ生まれたのか

井川沙紀(撮影=林孝典)


そこで、「まずは一度食べてみたい」と思わせるPR戦略を立て、メディア露出を増やしました。

大きな話題を作ることができ、ブームになった反面、短期間で話題になることで、ブランドの消耗も起きました。流行り好きな方たちが、一度訪れてSNSに写真を載せたらそれで満足してしまう。継続に繋がらなかったんです。

ジェームスの広めたいコーヒー文化は、一朝一夕では叶わない。だからブルーボトルは、時間がかかってでも着実に育てていくと決めました。過去の経験から話題の作り方はわかっていたのですが、あえてそうした仕掛けはせず、深く想いを伝えられる発信に絞りました。

すでにアメリカで高い認知度があったこともあり、結果的にオープン時には行列ができました(笑)。ただ、話題になった後も、出店や拡大を焦らずじっくりと育てたことで、いっときのブームではなく根強いファンに愛してもらえていると実感しています。

──ジェームス氏と信頼関係を築き合えたのはいつ頃ですか?

2015年3月に、2号店の青山カフェオープンの際、ジェームスからオペレーションの流れや、顧客導線、家具の入れ替えなど、いくつか気になった点の指摘を受けたことがありました。実は私も同じ懸念点を抱いており、全て改善対応は済んでいたんです。後になってジェームスから言われたのですが、この時、彼自身も同じ価値観を共有できていると認識してくれていたそうです。

──ジェームス氏のコミュニケーションは独特でフリーマン語と呼ばれているそうですね。創業者の声を、社内外に伝えていくのは大変だったのでは。

彼は、かつてクラリネット奏者だったこともありアーティスト気質なので、メッセージに戸惑ったこともありました。

世界の哲学者の言葉や、日本人では千利休や松尾芭蕉などの言葉を頻繁に引用するんです。加えて英語で伝えてくるので、意図を理解しニュアンスを日本語に訳すのにとても苦労しました。ある経済誌の取材で、哲学的な返答をしたときには通訳に困りましたね。相手は、データやファクトを求めているわけですから、直訳しても答えになってないぞ……と(笑)。

井川沙紀

これも先程と同じで、彼の価値観を深く理解しておくことで、場に応じて伝え方の工夫ができるようになっていきました。

社内と社外では意図的に通訳の仕方を使い分けていました。社内のメンバーにはジェームスのアーティスティックな部分を知ってもらおうと、ニュアンスをそのまま伝えるほか、来日した際には交流の場を積極的に設け、ブランドの本流に触れてもらうようにしていました。

一方、社外に対しては直訳で伝えても、本意が伝わらないことがほとんどなので、意訳したり、行間を埋めるような説明を補足していきました。

特に苦労したのは、2017年10月にオープンした、日本7店舗目の三軒茶屋カフェの空間デザインです。ジェームスから渡されたのは、言葉ではなく、曲でした(笑)

建築家の長坂常(ながさかじょう)さんと一緒に、何度も曲を聴いて解釈を話し合ったのですが、長坂さんも「こんな経験は初めて」とおっしゃってましたね。

最終的には、高音と低音が共存していることをヒントに、無機質さと暖かさが共存している店舗を作りました。完成したカフェに訪れたジェームスから「まさにこれだ」という反応をもらいとても嬉しかったことを覚えています。
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文=井澤梓 編集=露原直人

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